1話 新卒営業女子、貧乏ギルドに経営者として召喚されるの巻

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1話 新卒営業女子、貧乏ギルドに経営者として召喚されるの巻

「九条……お前、なんだこの資料は?」 ああ、今日も始まったか。 タイピングしていた手を止め、ゆっくりと顔を上げる。 目の前には、つるりと光る上司の頭。 見つめていれば、そのうち自分の顔が映るんじゃないかなと思うぐらい、見事な輝きである。 「ここの文章、こんなんでクライアントに伝わると思ってんのか? もう一度直して、今日中に提出しろ」 プライベート用の携帯電話を鞄から取り出し、チャットアプリを開く。 大学の友人たちとのグループを選び、メッセージを打つ。 今日の約束が決まった際の、明るいメッセージで締め括られていた分、胸が痛む。 〝ごめん、今日、上司に捕まりまして行けなくなりました。また埋め合わせをさせていただきます〟 そう送ると、すぐに私の投稿に対し、既読1のマークがついたが、私は携帯電話から目を逸らして、また鞄の奥に突っ込んだ。 ……こんなはずじゃなかったのになあ、とは言わない。 どうせ、こんなものだろうと就職活動をし、まさにこんなものだった、というのが正解だ。 私は、九条ちあさ。 そろそろ、社会人一年目が終わり、二年目に突入する。 珍しい名前だと、思っただろう。 社内やお客様から、印象に残る営業向きの名前だと、この約一年、何度も褒められてきた。 その度に、父が、母の字が汚くて、ちあきをちあさに読み間違えて、届出を出しちゃって……そのまま、ちあさになっちゃったんですう、というくだらない話ができた。 子供時代の時には、周りに馬鹿にされてきた名前だが、今は父と母にむしろ感謝している。 「ちあさちゃん……大丈夫? また、部長に捕まってるよね?」 涙目になりながら、文章を直した資料をわたしはまた印刷していた。 そんな私を見兼ねて、同じ部署の鎌田先輩が、声をかけに来てくれた。 鎌田先輩は四つ上の先輩で、社内でも全体表彰を何度も受けている憧れの人だ。営業の成績だけじゃなく、顔もかっこよくて優しい。私の日々の、癒しである。 「先輩……良いんです……私がぽんこつなのが原因なので……」 「こらこら、自分を卑下しない。この資料のことでなんか言われたの? 良かったら、俺に見せてよ」 そういって、鎌田先輩はいつも、私の仕事を手伝ってくれるのだ。 甘えてはいけない、と思いつつ、鎌田先輩のこの厚意が、私の仕事の支えになっていた。
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