3440人が本棚に入れています
本棚に追加
決意
「保坂、ちょっと」
上司に手招きされ、そちらへ向かった。
「何でしょう」
上司の表情から、何かやらかした訳ではなさそうだ。
「ここだけの話……お前、4月から福岡へ行ってもらおうかと思ってる」
「は? 福岡? ……なぜです? 左遷? 」
ちょっと手招きで、こんな話をするものだろうか。
「はは、逆だ、逆。福岡支店、出来るんだよ。九州進出」
「……マジ……ですか? 」
「ああ、お前の実力、評価してる。……ちなみにまだ決まってないけど、役職も就くぞ」
「頑張ります」
「こっちも、手離したくないからな。早めに呼び返すつもりだ。なるべく早く、形にしてこい! 」
「は、はい!! 」
じわりじわりと嬉しさが込み上げる。今までやってきたことが、正しかったのだと。
「あ、まだお前の中だけの話にしといてくれ。内示出るまで。……早めに伝えてやれ。彼女、連れてく……だろ? 」
そう言われて、ようやく……自分の恋人の顔が浮かんだ。
「あ……えっと、彼女も仕事が……」
「OLだろ? 向こうにもあるさ、仕事。……それに、養えるくらいは出るだろ」
そう言う上司に笑ってその場を納めた。
腰掛けOLなんて言われた時代は終わって……
それでもOLというと、結婚を期に辞めていく人も少なくない。
……佳子……。
俺の彼女は、いつも楽しそうに仕事の話をしていた。自分の仕事を軽視せず、真摯に取り組んでいた。
彼女のそういうところが好きだった。辞めろなんて……言えるもんか。俺の都合で。ましてや、連れて行ったところで……数年でまた戻るかもしれない。
今でさえ、時間が取れない。知り合いもいない土地で……彼女に寂しい思いをさせるくらいなら……
29歳。
彼女の年齢を考える。待たせられる年じゃない……。
それから、随分悩んだ。どうしても、未練が残る。
……もし……
もしも……佳子がついていくって言ってくれたら……
忙しい毎日。だけど……充実していた。
どうしても顔が見たくなって、仕事帰りに佳子の家に寄った。会えなくても、構ってやれなくても、文句一つ言わずに、いつもの笑顔で俺を迎えてくれた。
抱き締めた時の、この気持ち。未練を立ちきらなければならないのか。
悪者になろう。うんと、嫌われてもいい。決心までに時間を要した。
『ごめん。今週末も時間作れそうにない。明日の昼食一緒にいかないか? ちょっとうまいとこ、予約する』
彼女にそうメッセージを送った。すぐに承諾の返信があった。
最初のコメントを投稿しよう!