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久しぶりに会った佳子は、相も変わらずにこにことして、俺の決心は既に揺らぎそうだった。
「……実は……さ……」
「ん? 」
「まだ、内々示くらいの段階なんだけど……転勤の話が出てるんだ」
「え? そうなの!? ここ最近、忙しかったのって、その、せい? 」
「うん、まぁそれだけじゃないんだけどね」
「それって……つまり……、栄転ってやつだったりする!? 」
「うん」
ガタッ!佳子は前のめりになって俺の手を取る。
……白くて、柔らかい……佳子の手。
「おめでとう!! すごいね! 頑張ってたもん!! ずーっと!! 」
心から喜んでくれている。まるで、自分の事のように。
「うん、ありがとう」
俺は……うまく笑えてるだろうか。
「もう! やっと笑った……。元気ないから、何事かと思ったよ! めちゃめちゃ嬉しいでしょ? もっと喜びなよ!! 私も嬉しい!! 」
「うん、嬉しい……」
佳子が、不思議そうに俺を伺う。
「どこなの? 」
「九州の、福岡」
「マジ!? 遠っ!! いや、でもいいなぁ、ラーメン! 」
佳子らしい。佳子らしすぎて、笑えた。
「おまっ、福岡のイメージよ」
「え? じゃあ、明太子? 食べに行くよー! 美味しいところリサーチしといてっ! 」
テンションが高い。
俺、遠くに行くんだけど……。
……もし……ついていくって言ってもらえたら……。その可能性が、淡く……消えた。
「……そうだよな……」
「……え……? 」
「俺も……、そうなんだ……」
「何が? 」
「実力を買われて、福岡支店の立ち上げに行くんだ。役職も付く」
「すごい……本当に立派だよ」
「短くて……3……年、長かったらいつになるかわからない……ずーっと向こうの可能性も、あるんだ」
「そうなんだ……いや、でも会いにいくよ! 大丈夫! 」
「会いに……? 」
ついて、じゃなくて?
「うん」
「だよな……」
「え? 」
短い昼休憩の1時間足らずでする話じゃない。疑ってもない。無邪気な彼女に、伝えなければいけない。
3年もの時間をこんなランチタイムで終わらせるような最低な男に、ならなくてはいけない。
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