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「時間、あんまりないし食べようか」
「う、うん。美味しそう! いただきます! 」
そう言って手を合わせて、食べ始めた。
「おいしー……」
「うん、良かった」
「そっちの、一口ちょうだい」
「え、あ、はは。どうぞ」
「あ、こっちも美味しい」
もう、こうやって食事を取ることもないのか……。
「佳子……」
「んー? 」
「来週の誕生日、一緒に祝ってやれないわ」
「あー、いいよ、いいよ。そんなの。今さら気にしないよ」
「29歳……だろ? 」
「え、それ言う? ……そうだよ」
「これ以上、お前の時間……貰えない」
「どういう事? 」
やっと、俺の方を見た……可愛い佳子。俺の、彼女。
「別れよう」
カチャン……佳子の手からフォークが滑り落ちる。
「え……? 」
そんな顔……しないで欲しい。
「俺さ、転勤決まって嬉しかったんだ。やったーっ! って内心ガッツポーズ。迷わず『はい』って返事したよ。『頑張ります』って。上司がさ……個人的に早めに教えてくれたんだ。彼女、連れて行くんだろって……
そうなると、準備が必要だろ? って……舞い上がってたとはいえ、一緒に行く選択肢がなかった。俺に」
口早に説明して、手が震え出した。
「『いえ、彼女も仕事がありますし……』って、後付けみたいに言い訳した『彼女もお前もいい年だろ? 』そう言われてやっと気づいたよ。俺の勝手な都合に、佳子巻き込めない。今、お前と話してわかったよ。佳子にも、俺と来る選択肢、なかったよな……」
俺にそう言われて、佳子も気づいたのかもしれない。
「いつ結婚できるかわからない俺、待たせられないわ。このままずーっと一緒にいて、いつかはって思ってた」
なんだよ、俺が振るのに……なんだよ、これ。震えが止まらない。“いつかは”なんて未練がましい言い訳なんて必要ないというのに。
「……あ……」
「ごめん」
佳子は、何も言わなかった。
「佳子の家の俺の荷物は、処分してくれていいから。ゆっくり、話をすべきだと思って……いや、話さないといけないのに。思いやりのない切り出し方しか出来なくて、申し訳ない。午後から、大丈夫か? 」
何も、言えなかったのかもしれない。ランチタイムを、わざと選んだ。なのに、言い訳してしまう。
「それから……、ありがとう。元気で」
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