◇Ep:03 綺麗好き

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◇Ep:03 綺麗好き

「腹を出して寝るな。ほら、服を着ろよ」  暑いからタンクトップにハーフパンツで、ひんやりする床へ(じか)に寝そべっている彼は、世話を焼かれて悠のシャツを受け取った。  洗濯したばかりの服はお日様の匂いがし、抱き締めるとふんわり優しい肌触りである。 「掃除が面倒だから床を汚さないでくれ」  冷房を調整し、やれやれと声を掛ける悠は、眉間に(しわ)が寄っていて怒っている顔だ。ただ、別に心が(せま)い人間という訳でもない。 「綺麗好きだよね?」 「潔癖(けっぺき)で悪かったな」  声も冷たくて刺々(とげとげ)しい口調に聞こえても、どこかしら奇妙に演技じみていてコミカル。本来は寛容(かんよう)で、優しい性格だということは、付き合ううち、じわじわ分かって来るのだ。 「どうしてそう、卑屈(ひくつ)に受け取るかな?」 「同じ意味だろう」 「全然、違うよ? 素敵だなって思うんだ。冷たいピカピカのフローリング、大好き! 掃除の行き届いた部屋は気持ちいいね!」 「あのな、だったら汚すな。わざとか?」  会話のキャッチボールが弾んで楽しくて、秀はついペチャクチャ(うるさ)く騒いでしまうが、喋りまくっても淡々と切り返して来るだけで、大抵の人は怒っても不思議でない場面でも、嫌な顔一つしない悠の包容力に浸った。 「どこを転げ回ったらこんな風になるんだ。土埃(つちぼこり)を払ってから上がれって言ったよな?」  口煩(くちうるさ)いけれど、心配した声は落ち着く響きで、頭の土埃を払う手のひらは優しいから、彼は自然に頬が(ゆる)んで胸が(くすぐ)ったくなった。 「木登りしたら、破けた!」 「野生児かよ!」  破れた秀のTシャツを拾って悠は大笑い。開放的な笑い声を聞いたら彼は胸が(おど)った。  床の冷たい場所を探して横へ横へ移動し、悠の足許(あしもと)へと犬のように甘えて()り寄る。 「何だよ、可愛いな。いい子、いい子」  大きな手のひらに頭を撫でて貰いながら、仰向(あおむ)けで目を閉じて、風景を思い浮かべた。  空は水彩絵の具で描く泡沫(うたかた)のような水色。緑地公園にある一番、大きな樹の上に登り、秀は町並みを見下ろしてハーモニカを吹き、一日中、ただずっと悠のことを考えていた。
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