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第五話 しあわせホルモンが出るんです
後部座席には猫トイレとお泊りグッズの入ったずっしりと重たいボストンバック。助手席には子猫を抱えた部下を乗せて、俺は自宅へと車を走らせていた。バレンタインの夜にいったいなにをしているのだろう。ため息はもういくつ吐いたかわからない。
ちらりと隣に座る妹尾を見る。とても楽しそうに笑っている。
「どうかしましたか、課長?」
俺の視線に気づいた妹尾が尋ねた。俺は前を見る。
「あ、そうか! 喉が乾いたんですね。今はインフルエンザも流行ってますからね! 乾燥は大敵ですよ!」
妹尾は足元のデイバッグからお茶のペットボトルを取り出した。蓋を開けて俺に差し出す。きめ細やかすぎる。そしてこれは彼女が彼氏に「はい、どうぞ」とやるシチュエーションに他ならない。
「すまないな」
あくまでも冷静を装ってペットボトルを受け取る。ほんのり温かい。そう言えば、会社を出る前に自動販売機でお茶を買っていたが、俺のためとは思わなかった。
くすぐったい感覚にぶるっと身が震える。おそろしく気が回る。同性にしておくのが惜しい。もったいなさすぎる。彼が異性であったなら、間違いなく恋に落ちていた。なぜ男同士なのだろう。とても歯がゆい。
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