猿を食す

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「行きましょ、行きましょ。別に絶対付き合わなければいけないわけじゃないし、どんな人か分かるから」  お金を出してくれるならいいかとセシカは考えた。  この旅行で何かのチャンスが手に入るかもしれない。 「そこまで言うなら。行こうかな」 「じゃあ、決まりだな。今度の休みに行こう」 「楽しみー」  亜衣は純粋に喜んでいる。  燎は宇谷に電話をして、こちらも了承した。 *** “シャアアアアアーーーーー”  セシカは、ネットカフェでシャワーを浴びた。  水圧の弱いシャワー。  あまりに勢いがないので、気持ちよく浴びるどころかイライラする。 「ハァ…。ちっとも泡が流れない」  思わずため息が出た。  そうこうしているうちに時間切れとなってお湯は途切れた。  仕方なくタオルで体を拭いた。 「温泉ならもう少しマシかしらね」  伊比村には温泉がない。  でも男に連れられて村外の温泉地へ行ったことは何回かある。だから温泉ぐらいは知っている。  タオルで足を拭いていると、ひざ裏のケロイドに至った。 『醜い足…』  このケロイドがあるから、心の中には墨のような黒い感情が常に存在する。    シャワールームから出ると、くたびれた風采の中年男がドアに貼り付いていた。「…」「へ、ヘヘヘ…」  見ていると気持ち悪い愛想笑いをしながら離れて逃げて行った。 『シャワーの音でも盗み聞きしていたの?』  他の男性客もセシカが視線を向けるとあからさまに目をそむける。そして、また見る。  目立つセシカは注目を浴びているが気にしない。 「さて、明日は温泉だわ」  セシカは自分のスペースで、念入りに肌の手入れをした。 ***  週末になり、セシカが待ち合わせ場所に立っていると車が迎えに来た。  燎が運転している4WD。  助手席には亜衣。  後部座席に助手の宇谷が乗っている。 「おはようございます」  笑顔一杯で挨拶し、車に乗り込んだら出発した。  車内は広々して車高が高く、外が高い位置から良く見える。  宇谷はセシカの隣で、緊張しながらもセシカの方ばかりみている。  猿。  鬱陶しい。  亜衣が後ろをむいてセシカに話しかけた。 「燎はたまに山へ行くから、こんな車なのよ」 「こんなって?」 「大きな車でしょ。燎はモトクロスが趣味なのよね。それで山に行きたいからってこの車にしているの」 「…」
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