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彼女をじっと見ていると、目があって、彼女が微笑んだ。 「なんでずっと見てるの。」 彼女はカバンを肩にかける。 もう片方の手で机に置き去りにしていたコップを持ち上げて、コーヒーを飲み干した。 「なんとなく。」 「変なの。」 ポーチから取り出した鍵が、彼女が部屋を出ていく合図を鳴らした。 コップを再び机に置いたその手でリモコンを持ち音のないテレビを消すと、玄関に歩き出す彼女。 僕は後ろ姿をじっと眺める。 すらりと伸びた長い足が、一歩ずつ僕から遠ざかっていく。 玄関で靴に履き替え始めると、ヒールがコツコツと床にぶつかる音が聞こえた。 肩からずるりと落ちたカバンの紐を、 立ち上がる際にもう一度肩へと移動させる。 彼女が振り返った。 口を抑えて笑った。 「まだ見てる。」 小さな声だったけれど、静かな部屋では十分に僕のところまで届く。 僕は目を逸らすことなく、綺麗な彼女を見ていた。 「いってらっしゃい。」 僕がそう言うと、彼女は口を抑えていた手をヒラヒラとこちらに向けてふって、 「いってきます。」 と言った。 見慣れた彼女だけど、 見慣れない綺麗さが僕を幸せにする。 扉を開けて、部屋を出ていく彼女の後ろ姿は、 変わらない日常で。 変わらない日常は変わってほしくないと思っていた。 扉が最後まで閉まるのを見届けて、 彼女もそう思ってくれているのかな、なんていう答えの出ない問いを自分の中で消しながら、 僕はもう一度目を閉じて、眠りについた。 夢の中の彼女は、 いつもと変わらない表情で笑っていた。 ただ彼女と一緒の毛布で、 ただ彼女と一緒に眠るだけ。 ただ彼女を見送って、 ただ二度寝をするだけの事。 それだけの事なのに、 この日を最後に、 夢の中でしか見ることが出来なくなった。
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