千字小説訓練 19th Feb 2019

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「もしもし」 「……誰?」 「あっ、今大丈夫ですか、お電話」 「だから誰?お前」 「ぼくは田中と言います」 「どの田中だよ……何の用?金ならないけど」 一度目、二度目、どこにも繋がらなくて、三度目でやっと誰かの携帯電話に繋がった。 テレホンカードを公衆電話に飲み込ませて、適当に番号を押した。 誰も出なければいいなという、不安に裏打ちされた思い。誰かが電話に出てくれたとして、一体何を話せば良いのだろう。 また逆に、誰かには繋がるだろうし、その時に頭に思いついたことを、ただ喋ればいいだろうという浅はかな予定。全ては出たとこ勝負だ。 「今ですね、テレホンカードをもらったので、誰かに電話したくなって」 「意味わかんねぇよ。誰?お前と違って忙しいんだよ」 電話は切られた。 こちらの希望を、僕のささやかな悪戯心を、テレホンカードの役割を、一刀両断して大地に叩きつけるような乱暴な切られ方だった。 単調で切ない電子音が受話器から響く。僕はそれを聞くともなしに聞いていた。聞きたいわけではないけれど、右腕が硬直したようにうまく動かなくて、受話器を置けないのだ。 どこへもたどり着けない気がした。僕と、僕の言葉と、僕の思いは、殆ど密閉された公衆電話ボックスから一歩も世界の外へは出て行かれなくて、この中で完結することを強いられているように思えた。 だいたい誰が、急に知らない誰かからの電話を受けて喜ぶだろう。そんなことすらも考えられなかったのか。 酔っているのならば酒のせいにして笑い飛ばす路線もあり得たが、僕は今まで感じたこともないくらいに素面で真面目でまともだった。 誰かに止めて欲しかったのかもしれない。僕の現状を、僕の現状など全く省みなくても構わない誰かに一から十まで吐露する事で、懺悔し、叱咤され、思いとどまる要因になる言葉を言って欲しかっただけなのかもしれない。 きっとそうなのだろう。 僕はやっと受話器を置いて、吐き出されたテレホンカードの絵柄を見つめた。 名前も知らない若い女の子が露出度の高い水着を着て、透き通る青い海を背景に、世界を慈しんで解放に導くような笑顔でこちらを見ていた。 僕はそこから手を離した。カードはひらりと床に落ちた。 そして自分のスマートフォンを取り出し、予め設定されていたプログラムの起動スイッチを押した。
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