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「あれ? 帰らないの? もう定時過ぎてるよ、城ノ内さん」
背中に声を掛けてきたのは真嶋君だ。私は隣に立ち止まった彼を見上げ「知ってる」と返した。そしてキーボードから手を離し両肩を落とす。
「帰り際、課長に捕まっちゃって」
「あらら。課長いないじゃん」
真嶋君は隣の椅子を引き腰掛けた。手には朝も見かけたオレンジ色の薄っぺらい鞄。デザイナー室の人たちは持ち物もイチイチ洒落ている。
「どうせタバコでしょ?」
「ひどい話だね。仕事振っといて自分はタバコだなんて」
「いつものことよ」
真嶋君は頬杖をついた。
「で、その仕事はまだまだ掛かりそうなの?」
「もう少し。あとは印刷して終わり」
私は両手を組んで、ディスプレイに向かって伸ばした。真嶋君はちらりと腕時計を見て「三十分くらい?」と呟く。
私は隣の顔を見て「十五分ってところ」と返した。
「手伝おうか?」
「ありがとう。でも大丈夫」
壁際に置かれた大型の複合機に視線をやる。去年導入された製本ユニットはすごいのだ。二つ折だけじゃなくホチキス止めだってやってくれる。これのおかげでどれだけ仕事が楽になったことか。
真嶋君は「じゃあ」と呟いた。
「僕もここで仕事して良い?」
「は?」
おもむろに太ももに鞄を乗せ、ジッパーを開けてタブレットを取り出した。
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