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支度を終え――といっても軽く口紅を直すくらいだけれど――ロッカールームから出ると廊下の壁に寄りかかるようにして真嶋君が立っていた。年季が入りくすんだ白壁に蛍光灯で作られた濃い影が落ちている。
「どうしたの?」
真嶋君は前髪を払って微笑んだ。
「城ノ内さんを待ってたんだ」
「私? 用事があったんじゃないの?」
ゆっくりと私の正面にやって来た彼は「そうだよ」と頷いた。私は首を傾げる。
「じゃあ……」
「だからこれが僕の用事。城ノ内さんと一緒に帰ろうと思って」
「ん? 意味が解らない」
真嶋君はにっこりとアヒル口を作った。
「デートのお誘い」
「は?」
彼は時折おかしなことを言う。いや、いつもか。
私はショルダーバッグを担ぎ直した。
「偶然時間が一緒になったからって、私で妥協するのは止めなさいよ。真嶋君には沢山子猫ちゃんがいるでしょう?」
ちょっと変な人というだけで、顔は悪くないのだ。実際モテている。
「じゃあね」
彼の横を通り抜けようと隣に並んだ所で、がしっと手首を掴まれた。
「!」
立ち止まり顔を上げれば、眉間にシワを寄せてこちらを見る鋭い視線がある。
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