ラブ・デザイン

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ラブ・デザイン

 私の会社のデザイナー室には一風変わった男がいる。 「やあ、子猫ちゃん、おはよう!」 「おはよー、マッシー!」  真嶋満彦、三十二歳。あだ名はマッシー。彼にかかれば年上だろうが年下だろうが女性は全て『子猫ちゃん』というフェミニストだ。 「おはよう、城ノ内さん」  私は頬杖をつき、そんな真嶋君(マッシー)の顔を見上げた。 「おはよう、真嶋君」  彼は両肩を竦めて、口を窄める。 「相変わらずつれないね、城ノ内さんは。もっと楽しく生きようよ」  そう言ってパチリとウインクを寄越した。 「真嶋君は毎日楽しそうで良いわね」 「ふふふ。レッツポジティブシンキング! 明るく楽しく美しく、それが僕のモットーです」  笑顔の横で人差し指を振る彼に苦笑する。 「月曜日からそれは無理だわ」 「そう? また新しい一週間が始まるってワクワクしない? 新しいマッシーの始まりだよ?」 「私はまた一週間仕事かぁってゲンナリするの。金曜日の方がよっぽどワクワクするわ」  真嶋君は顎に手を当てて「ふむ」と頷いた。 「確かに、それも一理あるね。城ノ内さんのカレンダーは金曜日始まりってことだ。今は週半ば、だね」  机についた肘を外し、真嶋君を指差して言う。 「それ、ややこしいから」  彼はあははと笑い、目にかかる長めの前髪を指で払った。そして口の横に手を当てて声のトーンを落とす。 「僕は城ノ内さんに会える月曜日が好きだよ」  私は半眼でアヒル口の顔を見つめた。 「はいはい。ありがとう」  片手をひらひらと振って軽くあしらえば、肩を竦めてくすりと笑う。 「くくく。本当につれないなぁ、城ノ内さんは」  そう一言零した彼は、私の席の横を抜けデザイン室へ向かって行った。私は首だけで振り返り、彼の背中を見送る。 「マッシー。おはよう!」 「おはよう! 子猫ちゃん」  一課のそばで楽しげな声が上がる。彼は今日も通常運転だ。  きっと彼には悩みなんてないに違いない。
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