エピソードタイトル未定

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 実は、このオフィスの従業員のほとんどがバース特性だとこの時初めて瑛は知った。  憎たらしいことに、蜂谷はアルバイトの時から知っていたらしい。  まったく何も知らないのは瑛だけだった。 「・・・あとで、話がある」 「おお、こわ」  色々な矛先を、蜂谷に向けることに決めた。  それがわかっているのに、蜂谷はただただ笑う。 「そういや、大我はどうなったんだ?」  自分は少ししか危害を加えていないが、筒井は恨みを思う存分ぶつけていた。骨の一本くらい折れていてもおかしくない。 「ああ、それ」  ちょっと唇を尖らせたのを見た。  でも、気が付かなかったふりをしよう。今は。 「事件の時はね。一服盛られていたんだよ。だからあーなって、こーなって、意識を失っていたけど、身体はもう大丈夫。高位アルファはだてじゃないし、あの筋肉も見掛け倒しではなかったようだね。罪にも問われない。今、宮坂さんに回収されている」  思いっきり省いた回答だけど、だいたいわかった。  オメガのレイプは重罪だ。  でも、薬を盛られていたことが立証されて無罪放免になったのだろう。 「宮坂さんが回収?」  意外な話だ。  ランチの時の二人は険悪だったのに。 「なんか、気に入ったんだって。ああいうの、すごく好みって・・・」  ああいうのって、どういうのなんだろう。  とにかく、このどさくさで大我は宮坂の手に落ちたということなのか。 「それは、また・・・」  本当に。  自分は何も知らなかった。  でも、これから知ればいいと、思う。  思えるようになった。  不思議なことに。  わたしのぼうや、しあわせになる。  だいじょうぶ。わたしの、たからもの。  この言葉があるから。  だから、大丈夫。  生きていける。  ただ。  おかあさん。  かのひとのことを思い、そっと口の中で呼んでみる。  おかあさん、おかあさん。  自分をうんでくれたひと。  自分をまもってくれたひと。  言葉を、贈ってくれたひと。  あなたのことは忘れない。  だから。  あなたもおれのなかにいて。  ずっと、ずっと、おれのなかで生きて。  おれのなかで、しあわせになって。 「瑛?」  名前を呼ばれて、はっとする。 「どうした?」  いつもこの男は自分をこんなにも気遣う。 「いや・・・。なんでもない」  ただ。 「薫、好きだよ」  気が付いたら、笑っていた。  傍にいるだけで、こんなに暖かい。 「すごく、好き」  言葉を、贈りたい。  大切な、ただひとりの、お前に。
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