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それを調べるのがこれからやるべきことの一つだ。
「夏川さんたちは、瑛がオメガだとわかっていたんだよ、最初から」
宮坂は、深く、深く息をついた。
政府主導の定期検査では瑛の特性は常にベータ。
だから、彼自身もそれを信じて生活してきた。
「わかったうえで…というか、オメガだからこそ養子にした」
アルファはほぼ先天性で、成人後はとくにベータからの変転はわずかしかいない。
しかし、オメガは違う。
妊娠可能な年齢内で変転する人間が稀に存在し、それが政府主導の定期検査が行われる理由である。
なかでも上のステータスのオメガが産んだベータなら、変転した場合高階級の貴種になる可能性が高い。
さらに付け加えるなら、オメガの出生率はアルファの半分に満たない。
そのような理由でオメガは大切にされ、政府と世界機構と貴種財団の三方から手厚い保護を受けるようになった。
生活の保障額と利権はけた外れで、一気にセレブリティの仲間入りが可能だ。
夏川夫妻はそこに目を付けた。
彼らは瑛という未来に、賭けたのだ。
川を通り抜けていく風が、心地いい。
「いつの間にこんなに・・・」
見上げた先には、満開の桜。
会社へ向かう道筋には川があり、それに沿って桜の並木道がある。
都内でも桜の名所としてそれなりに知られているが、平日の昼間ともなるとさすがに花見客でごった返すこともない。
「蜂谷がもう少し咲いたら花見したいって言ってたな」
携帯のカメラで桜並木の様子を画像に撮り、蜂谷へメッセージを付けて送った。
「俺はもう大丈夫だから、いつでもいいぞ・・・と」
文字を打ちながら、つい顔がほころぶ。
今日はとても気分がいい。
病院の診察も数時間で無事終えて医師を交えた話に納得した母とも別れ、瑛は解放感に浸っていた。
飛び乗った電車の中から午後は出勤する旨を会社に連絡し、そのあと何度か蜂谷とメッセージのやりとりしているうちに最寄り駅に着き、近くのカフェで軽く食事をするつもりだと告げると、自分も食べに行きたいと電話がかかってきたので木陰のベンチに座って待つことにした。
「これもなかなか・・・いいな」
座ったまま、桜の花越しの青空を撮る。
澄みきった空と、重なり合う薄紅色の花びら。
どこからか花の甘い匂いも感じて、深く息を吸った
「瑛」
驚いて、携帯を構えたままわずかに顔を傾ける。
耳慣れない声。
いや、忘れ去っていた音。
「え・・・」
どうしてここに。
傍らで瑛を見下ろしている男の鋭い視線と目が合った。
鍛え上げられた長身の体躯に調和のとれた顔。
昔のままに美しく、昔よりも美しく。
完璧で豪奢な、理想の男。
「・・・っ」
風が強く吹いた。
瑛は両手を膝におろし、瞬きをした。
目を開いて、閉じる。
手の甲に桜の花びらが舞い降りた。
軽い感触。
でもふわふわと頼りない。
一瞬、自分の存在する時間と場所がわからなくなる。
「元気だったか、瑛」
再び呼ばれて視線を戻し、瑛は首をかしげる。
目の前の男は親し気な笑みを浮かべていた。
まるで、ずっとそうしてきたかのように。
「瑛?」
信じられない。
今ここに。
桜の咲き誇る木の下に。
志村(しむら)大我(たいが)がいる。
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