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やわらかな、たよりない感触。
「仕方ないから、僕たちのランチの仲間に入れてあげる」
桜の花びらなのだと、今になって気が付いた。
「お行儀良くしてくれよ?志村大我」
ここは日本なんだと、ようやく脳に響く。
四月の空。
桜並木。
瑛がいて。
蜂谷と稀がいて。
舞い散るかけら。
俺はどうして、ここにいるのだろう。
「じゃあ、乾杯しよっか」
やわやわとした陽射しの差す部屋で、宮坂のことさら明るい声が反響した。
連れていかれたのは蜂谷と約束したカフェではなく、宮坂の行きつけの店の個室だった。
四人掛けテーブルで宮坂の隣に瑛は座らされ、その向かいに蜂谷で志村は斜めという配置になった。
手際よく並べられたイタリアンのランチプレートはこまごまと盛り付けられ見た目も美しく、サービスで注がれたシャンパンはうっすらと桜色の光をグラスの中から放っている。
シャンパンの泡のはじける音。
オリーブオイルやハーブの匂い。
頬を包む春の光。
それらの全てが五感を刺激するのに、どこか非現実的で夢の中にいるようだった。
「宮坂さん・・・。俺たち仕事中ですよ」
うっそりと蜂谷が口を開く。
「それに、何に乾杯するんです?」
「え?こういう時って、『再会を祝して』とか言うんじゃないの?」
「・・・めちゃくちゃ楽しんでるでしょう、今」
「ははは。ばれたか」
二人のじゃれあいが風のように通り過ぎていく。
瑛は深く息をついてから、広すぎるテーブルの対角線上で不機嫌をあらわにしている志村を見つめ呟いた。
「なんで」
まるで長い間声帯を使っていなかったかのように、奇妙でか細い音しか出ない。
それでもみんなに聞こえたらしく、宮坂と蜂谷はぴたりと口を閉じた。
「・・・なんだ」
久しぶりに聞く、大我の声。
こんな音だったか。
「なんで来たんだ」
ここに。
今になって。
言いたいことの一割も言葉にできない。
「なんでって・・・。手紙を寄こしたのはお前じゃないか」
「は?」
思ってもみない答えに、ぽかんと口を開けてしまった。
「桜がもうすぐ咲くから、たまには見に来ないかと誘ったじゃないか」
「おれが?」
「今更、何言ってるんだ、瑛」
大我が嘘を言っているようには思えない。
だけど。
「ようやく種明かしが始まったところに悪いけど、大我。その手紙って今持ってるかな。いや持ってるよね。こういう場合」
宮坂が向かいの大我に手のひらを向けた。
「ああ・・・まあな」
大我は一貫して宮坂らにぞんざいな態度をとり続けていたが、この時ばかりはしぶしぶとジャケットのポケットから封書を出す。
「一昨日届いた」
「へえ?ってことは受け取ってすぐに飛行機乗ったんだ」
からかうような口ぶりに顔色を変え封書をしまおうとしたが、遅かった。
奪い取った獲物を高く掲げて宮坂は悪戯が成功した子供のように笑い声をあげる。
「ははは。ごめんね。これを見せてもらわないと僕たちも君にどう接したら良いかわからないから、実際」
そしてなぜか、まず封筒を鼻の前にもっていき、くんと匂いを嗅いだ。
「んー。なるほどね。あからさますぎて僕でもわかるかもっていうか、解り易いというか」
「はあ?」
大我はもう爆発寸前だ。
「ちょっと失礼して、蜂谷」
「ああ」
今度は蜂谷が身を乗り出してテーブル越しに宮坂の手首をとり、封筒に顔を寄せ確かめる。
「まあ、想定内だな」
「だよね」
二人の間で何か思うことがあるらしく、ただ頷きあうだけだ。
「あの・・・」
だんだんとつま先が冷えていく。
窓からの日差しはうららかで、空調の効いた暖かい部屋のはずなのに。
寒い。
「ええと。まあ、大我と瑛に説明しやすいのは本文だと思うから、中を見ていいかな?」
「何をいまさら。・・・ああ、どうぞ」
「では、失礼して」
宮坂の長い指が取り出したのは一枚ずつのカードと写真。
「ふうん?これはまた・・・」
「それは・・・」
高校の卒業式の写真だった。
校庭の一角に開花の早い河津桜が植えられていて、ちょうど見頃だったこともあり出席者たちは思い思いに記念撮影をしていた。
学内で人気者だった大我は、色々な人に写真をせがまれていつまでも人だかりが途切れることはなかった。
瑛はその様子を遠目に見て帰るつもりだったが、生徒会の仲間たちが記念に撮ろうと言い出し、気が付いたら大我の隣に立たされていた。
撮ったのは一枚きりの集合写真だったはずだ。
大我のそばにいたのはその瞬間だけだったように思う。
だけど、これは。
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