エピソードタイトル未定

15/41
前へ
/41ページ
次へ
 おそらく同級生として認識したのも、ずいぶん経ってからだったのではないか。中高一貫校で狭い世界だったから、学校行事でようやく存在に気付いたという感じだった。  声をかけられて舞い上がったけれど大我は気まぐれで、気が向いたときに呼び寄せて少しでも気に障ると容赦なく放り出す。  ベッドに連れ込まれたのは高校二年になった頃だった。 『なあ。俺、女に飽きたんだよな。なんかいろいろめんどくさくてさ。だからと言って男はごめんだと思っていたんだけど、お前ならイケるかも。だから、いいだろう?』 『え・・・?』 『だってお前、俺のこと好きなんだろう。中学の時、女たちみたいな目で見るヤツがいるなと思ったら、あれが夏川瑛だって、周りが教えてくれたぜ?』  何もかも知っていて、ちょっと面白いかと思ったからそばに置いたと笑われて、どう反応したらいいのかわからなかった。 『気持ち悪いと思ったらやめるから。やらせろよ』  気持ち悪いって、どっちが?  これ以上ない最低な言葉。  どこにでもいるろくでなしの、ろくでもない台詞。  なのに首元のボタンを外され始めた時、全身が熱くなった。  大我の手が、意志を持って自分の服をはいでいく。  あこがれていた。  入学式で見かけた時から、ずっと大我だけだった。  こんな完璧な美しい人、どこにもいないと思った。  大我に会いたくて、いつまでも馴染めない裕福な進学校へ必死で通った。  大我の指先が、じっくりと胸をたどって男である部分にも触れ、散々いじられた末に組み敷かれた時、涙が出た。  大我の雄に突き立てられた時、痛くて痛くて気が遠くなりそうだったけれど、その痛みこそが瑛の現実だった。  大我が、自分の身体に興奮している。  精を注ぎ込もうと汗だくになっている。  これは、大我の意思なんだ。  そう思ったとたん、うれしくてうれしくて胸がいっぱいになった。  たとえどんな言葉を投げつけられても、どんなに乱暴に扱われても、今、志村大我に抱かれている。  なんて幸せなんだろう。  死んでもいいとさえ思った。  いや。  今、この場で死んでしまいたいと本気で思った。  大我に抱かれて、幸せなまま、死んでしまいたい。  初めて抱かれた日に、覚悟はしていた。  大我はアルファだ。  しかもその貴種の中には階級が存在し、より頂点に近いシルバーという家系なのだと本人から聞いたことがある。  彼は学校にいる同種たちの中で誰よりもアルファらしい男で、それを誇りにしていることも十分承知していた。  いずれは、同じ貴種のオメガとつがいになって、子孫を残す。  優秀な遺伝子を残すことが使命だとも言い切っていた。  それは、瑛たちベータの社会とは違う世界だった。  まず、つがいは現代の婚姻関係にあてはまらない。  夫婦として法的な手続きをとることもまれにあるが、ほとんどは事実婚だった。  同性であれ異性であれパートナーが存在する限り、他の人間とは関係を持たず、いわゆる不倫や愛人は存在しない。それはルールなどではなく、本能だった。  つがいとして成立すれば、まるで繭にこもるかのような二人だけの蜜月が始まる。  つまりは、本能で瑛を拒絶する日がやってくる。  そう遠くない未来に。  だから、瑛はひたすら大我の呼び出しに応じた。  今日で最後かもしれない。  今で最後だろう。  そう思いながらも、会うたびに期待がどんどん膨らんでいく。  大我の唇が、手が、求めてくれている。  もしかしたら、大我のオメガは存在しないかもしれない。  もしかしたら、大我だけは選んでくれるかもしれない。  ベータで、男で、平凡で醜い自分を。  甘い期待で身体がぱんぱんに膨れ上がった瞬間、見事に打ち砕かれた。  『彼女と目が合った瞬間分かった。これが、運命の人だと』  大我のオメガが突然現れたのは六年前。  彼女は、前の年に結婚して間もない夫をテロで亡くしていた。  アメリカでは名の知れた富豪の娘。  世界で最も美しい女性の一人と称された、シルバーのオメガ。  これ以上はないと誰もが思う、完璧な結末だった。 「餌だと?言ってくれる」  大我の声で現実に引き戻された。 「だってね。君もこの六年間の瑛のこと知らないけれど、瑛自身も君の六年間のこと知らないって、僕たちはわかっているから」  宮坂はまるで水先案内人のように、瑛たちを真理へ導いていく。 「何を証拠に・・・」 「ねえ、瑛。大我の奥さんの名前なんだっけ?」  真っすぐに見据えられて、からからに乾いた口をなんとか開いた。 「・・・リザ・・・。ハディットとか言ったと思う」  六年も経っているのにフルネームで答えられることが恥ずかしくてたまらない。
/41ページ

最初のコメントを投稿しよう!

349人が本棚に入れています
本棚に追加