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「残念でした。それは一年ちょっとで終わった。次がアートディレクターのアニタ・チェン次がピアニストの誰だっけ…。で、今はニーナ・アデルソン。いや、その前にモデルのキャロリン・ヒルがいたっけ。あの子もオメガだよね?」
「キャリーはマッチングの段階で終わった。あれはカウントしないでくれ」
大我は椅子を後ろに引き、足を組んで睥睨する。
「え・・・」
「そもそも、ニーナの寝室から蹴り出されたから、ここにいるよね」
「え?」
「俺がニーナに蹴り出されたんじゃない。ニーナが、選ばれた。あっちが繰り上げ当選したようなもんだ」
「うん。はじき出されたんだよね。ゴールドのアルファの相手が不足したから」
「・・・ああ、そうだ。まあそんなところだ」
大我は一瞬悔し気な表情を浮かべたがなんとか抑え込み、しぶしぶ頷く。
「ちょっと・・・。ちょっと待ってください。俺にはわからない。マッチングとか、繰り上げ当選とか、どういうことですか」
宮坂がオメガバースの社会についてかなり詳しいのはわかっている。仕事で彼らと必ず関わるから必要だと常々言っていた。だが、瑛をはじめとするほとんどのベータは正確な情報を全く知らない。自分の知識と思うものは単なる噂でしかないのか、それとも真実なのか。
「ああ、ごめんね。オメガバースってガチで野生の王国なんだよ」
「は?」
「単純に言えば、彼らは繁殖に命を懸けている。まあ、人間だから、情が生まれることもあるんだろうけれど、基本的には発情期の獣の道理がすべてなんだ」
「獣の道理・・・」
「まあ、ようするにメスはより優秀な遺伝子の子供を産みたい、オスは成熟したメスに自分の遺伝子を継いだ強い子を残してもらいたい。どちらも、できれば多く・・・ってところかな。発情期が来ると、彼らの頭の中には繁殖のことしかなくなってしまう」
宮坂の言葉にどこか気になるものを感じたが、じっくりと考える間はない。次から次へと新たな情報が投げ込まれ、瑛はますます混乱していった。
「オメガがつがいを選別するのは本当に本能。最初のマッチングでラブラブでも、こいつじゃ優秀な子どもができないって感じた瞬間、さっと乗り換えることもある。大我の一人目の奥さんがまさにそれね。大我のあとに五人アルファを変えているけど、なんかどれもうまくいってないね。ねえ大我、今ざまあみろって思ってるでしょ?」
「・・・さすがに、そこまでは思っていない」
話を振られて、大我は無愛想に返した。
「で、ニーナの場合はこの間のテロでぴちぴちの卵子を持つ若いオメガたちが軒並み殺されちゃってね。その子たちはゴールドのアルファのつがいか候補だったわけ。だから、ゴールドの相手としてはずっと圏外だったニーナが格上げされた。だって今、なかなかオメガが生まれないし、育たないってのに、たくさん殺されちゃって。今アルファたちはオメガ日照りだよね」
「日照りって…。それと餌ってどういうことですか」
「さすが瑛。そこなんだよ」
にいっと宮坂が笑った。
「今、大我は完全フリーになっちゃったんだ。少なくともアメリカではシルバーのオメガにありつけない。多分ヨーロッパも同じかな。最後は白人至上主義がどうしても絡んでしまうんだ。仕事はともかく、アルファとしては開店休業状態。腐っている所になんと、昔身体の相性が抜群だった瑛からなんか未練たらったらな空気匂わせた手紙が届いて、『なんで俺の連絡先知ってるんだ?こいつストーカーか?』って引いたり、『なにかの罠かもしれない』なんて疑いもせずに、うきうきと飛行機のチケットとって飛んできちゃった。そうだよねえ?大我。僕なんか間違ってる?」
瑛に説明すると言う名目で明らかに大我をいたぶっている。
「けちょんけちょん・・・」
蜂谷が珍しくぼそっと口をはさんだ。
「やめてくれ、お前の同情なんかごめんだ」
「・・・悪かった」
妙にうまが合っている。
この二人、実は親しいのだろうか。
瑛が首をかしげると、察した蜂谷はすかさず制した。
「瑛。違うから。俺たちは親しくもなんともない。ただの元同級生だ」
「そうだ。単なる元会計。生徒会室の隅っこで金勘定していただけだろう」
「元会計?なら、俺も同じだな」
生徒会では大我が会長、蜂谷と瑛のふたりで会計の任に就いた。もっとも、対外交渉など仕事のほとんどは蜂谷が取り仕切ってくれて瑛は書類整理ばかりだったけれど。
「いや瑛、俺が言いたいのは・・・」
大我が取り繕うとしたその時、ぱん、と、拍手が聞こえた。
「はい、そこまで」
宮坂が両手を合わせたまま、三人を見回す。
「話を戻すよ。ランチもたいがい冷めたから」
せっかくのオーナー心づくしの料理も甘い香りのシャンパンも手つかずのままだ。
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