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かあっと、頬が熱くなった。
「え・・・?瑛?俺の使い古しのベッド、駄目だった?消臭剤かけようか?シーツは替えたんだけど、やっぱ嫌?」
蜂谷はおろおろして、部屋の外と中を行ったり来たり熊のように歩き回りはじめた。
「いや・・・、そうじゃなくて」
「え?寝心地悪そう?やっぱり、今からホテルとろうか」
「そうじゃなくて!」
つい、大きな声を出してしまい、蜂谷からまじまじと見つめられた。
「あのさ・・・」
蜂谷の視線が耐えられない。
そのままぼすっと横に倒れ、両手で顔を隠す。
ああ、駄目だ。
ますます駄目だ。
ますます、強くなる。
「あのさ・・・。ここって。蜂谷で、いっぱいだな・・・」
「え・・・」
蜂谷の声が、また駄目にする。
「俺、もう・・・」
吐き出した息が、熱い。
手を落として視線を上げたら、蜂谷の手が見えた。
手の甲に向かって、青い線がのびていく。
線から線へ。
見えない筆が蜂谷の手を丁寧に装飾していく。
それを見るのが、たまらなく、嬉しい。
「なあ、蜂谷・・・」
「抑制剤」
蜂谷の胸元が大きく上下して、彼が何度も深く呼吸を繰り返しているのがわかる。
「抑制剤、飲んだよな、瑛」
「飲んだ。でも、そんなの多分関係ない」
恥ずかしくていたたまれない。
でも、言う。
恥ずかしいけど。
でも、顔は隠す。
恥ずかしいから。
突っ伏して言う。
恥ずかしいから。
「蜂谷がいるのに、蜂谷の匂いがするのに、そんなの関係ないだろ」
歯がゆくて、歯ぎしりしたくなる。
「・・・なんで、来ないんだよ」
言い終えた瞬間、どすっと蜂谷が落ちてきた。
「うわ」
痛い。
重い。
熱い。
「参った。ほんっと、参る。俺、今日は絶対我慢するって決めていたのに」
首元に息がかかって、背中に蜂谷の身体を感じて、くらくらする。
「蜂谷」
「もうさ。俺、ずっと我慢してきたんだよ。わかる?中学の入学式に一目ぼれしてからずっと!」
蜂谷が何を言っているか、脳が言葉を解読してくれない。
腹の下に手を突っ込まれ、さらに両腕でぎゅうぎゅうと抱きしめられ、肺の空気が全部絞り出されるかと思った。
でもそれすら、身体が喜んでいる。
だって、蜂谷だから。
「蜂谷」
苦しくて、喉まで止められたボタンに指を押し当てる。
手が震える。
だけど、苦しいから。
「はちや・・・」
ボタンを、頑張って外す。
ひとつ、ふたつ、みっつ・・・。
その間、蜂谷が何か言ってる。
熱が乗ってる。
でも、わからない。
いくつ外したら、楽になるだろう。
五つ目を数えたら、腹のあたりで交差する蜂谷の強い腕にたどり着いた。
「はちや、俺、もう無理」
「瑛・・・?」
ちゅ、とうなじを吸われた。
背中に甘いものが走る。
「これ、外してくれ」
彼の手を導いて、ゆだねた。
「・・・っ。俺もむり」
蜂谷はいきなり体を起こし、瑛の肩に手をかけてくるりと仰向けにした。
「蜂谷、恥ずかしいって」
慌てて両腕で顔を隠す。
馬乗りになってきた蜂谷に腕を取られたが払いのける。
それをまた開かれて、また払いのけるの小競り合いを繰り返し、最後に瑛が根負けした。
「・・・あんま、見るなよ、俺の顔」
「いや、もうわけわからない。だから、ごめん!」
言うなり、蜂谷は瑛のシャツを思いっきり開いた。
「わ・・・」
ボタンが飛んだ。
なんだか、楽しい。
いつもと違う蜂谷が、嬉しい。
空気にさらされた胸が、解放感と期待に膨らむのを感じた。
「ほんっと、わけわからない」
唸りながら自らの眼鏡をむしり取って、どこかに投げた。
がしゃんと、硬いものに当たったような音がする。
「蜂谷、眼鏡・・・」
「いいんだよ。あれ、瑛のためだったから」
「は?」
「度はたいしたことない。まじないみたいなもんなんだよ。俺が瑛を襲わないように」
「そんなんなんだ」
「そうだよ、そんなんなんだよ。もう、なんなんだよ、瑛。こんな綺麗な身体、反則だろう」
蜂谷は怒ったり、喋ったりで忙しい。
でも。
「なんか、うれしいもんだな」
「は?」
「俺のこと綺麗って、蜂谷が言った」
「そんなん、毎日言ってただろう!毎日毎日」
「そうだっけ」
「瑛!」
蜂谷が怒れば怒るほど、身体の中がうれしさでいっぱいになる。
うれしくて、幸せで、ふわふわと笑いたくなった。
「あーもう」
一度天を仰いで盛大なため息をついた後、着ていたカットソーを脱ぎ始める。
現れたのは大我のように魅せるために作り上げられたものとは違うが、すっきりと無駄のない筋肉がつき、すらりとした身体が枝を伸ばした木を思わせて好ましい。
そして、その身体の上には青い太めの線がびっしりと現れていた。
「蜂谷のしるしって・・・」
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