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筒井はせいぜい胸板どまりだったのに、蜂谷の絵柄は広範囲に及んでいる。
鎖骨のあたりから指の先まで自由奔放ながら一定の規則性を持った線が描かれていた。
「・・・ああ、これ?えらい素朴だなって、兄弟たちから言われる」
「でも、なんか産みの親の服の刺繍に似てる。かっこいいな・・・」
ヴァイキング、ケルト、ベドウィン、タタール…。
自然と生きる人々の暮らしが思い浮かべられるような、そんな文様。
触ってみたくて手を伸ばしたら、そのまま指を握り込まれ、蜂谷が覆いかぶさってきた。
「瑛。ありがとう」
鼻と鼻が付くほどの近さで囁く。
「なに・・・が」
心臓の音とか、まつ毛をしばたく音とか、呼吸とか。
互いの何もかもが聞こえそうなくらいに近い。
「なにもかも。生まれてきてくれてありがとう、同じ学校に入学してくれてありがとう。大学も会社も一緒になっても嫌がらなくてありがとう、他にもいっぱいいっぱいあるけど、今はちょっとはしょって」
吐息がかかるたび、唇が震えた。
蜂谷の、熱だ。
「うん」
「無事に、生きて戻ってきてくれてありがとう」
瑛は、息をのんだ。
ああ。
なんて男なんだろう。
負けた。
もう、すっかりやられた。
「はちや」
絡められた指を握り返して、蜂谷の目を覗き込んだ。
いつもは明るめの瞳がしっとりと深みを帯びて見える。
「うん?」
たった一言で、こんなに俺を揺さぶるなんて。
「それで、いつキスするんだ」
睨みつけてやったら、ふっと息を吹いて、破顔した。
「キスしていいの?」
「今この状況で、しないつもりか」
「いや、するよ、させてください」
いきなり、ちゅっと音を立てて瑛の唇の表面を吸い、すぐに離れた。
あまりに唐突すぎて、何が起きたかわからなかった。
「・・・てめ、ふざけんな」
子供だましのキス。
からかわれているとしか思えない。
両手をはがそうとすると、最初は笑っていた男の表情が真剣なものへとゆっくりと変わっていった。
「ごめん、ふざけてないよ。これからが本番」
蜂谷の匂いが増していく。
「ねえ、瑛」
こんな、顔をするなんて。
「薫って、呼んで」
蜂谷のすべてに、圧倒された。
心臓が、これ以上はないくらい早鐘を打つ。
ほら、とメープルシロップのような甘い色の瞳で促され、なんとか喉を震わせた。
「か・・・。かお・・・」
唇が塞がれる。
蜂谷の唇が触れた瞬間、電流のようなものが通り、足の裏がしびれた。
そして、腹の底から沸き上がる欲求。
ああそうか。
こういうことか。
一度触れてしまったら、もう離れられない。
「ん・・・っ。か・・・」
何度も何度も、角度を変えて求められ、求める術を覚えていく。
「・・・えい」
「か・・・おる」
唇が触れて。
息を絡めて。
そして、二つが一になる。
「も・・・溶ける・・・」
ベッドの上で瑛は嘆く。
「これ以上、むり・・・」
全身、汗にまみれてもう息も絶え絶えになっていた。
いったいどれだけの時間を抱き合っていたのかわからない。
「えい、駄目だよ・・・」
もう力が入らずくたくたなのに、蜂谷は器用に瑛を抱き起し、胡坐の上に向かい合わせで跨がせた。
「瑛のここ、ほんと綺麗だね」
薄くて形の良い唇から赤い舌が出て、胸の先端を突っついた。
「あ・・・だから、それ、やめろって・・・」
たったそれだけで、軽くいってしまう。
二人の間でたちあがっている自分の屹立がふるりと震えた。
「かわいいな」
「くそ、はちや・・・」
「かおる、だろ」
瑛の背中を両腕でしっかり抱え込んで、彼は熱心に胸を舐め始める。
「あ、ああ、ああ」
「いい声」
乳首を軽く咥えたまま上目遣いに笑われてますます感じた。
この悪い顔がまたいけないと、憎らしくなる。
二人ともセックス自体は初めてではない。
瑛は長い間大我に抱かれていたし、蜂谷も一時期色々な人と関係を持っていたことはわかってる。
だけどそんな経験が今は何の関係もないことを、キスをした瞬間に知った。
自分たちは、お互いのことをまだ何も知らなかった。
アルファとオメガ。
ブロンズとゴールド。
パートナー、つがい、伴侶。
色々な言葉がオメガバースのことを語るけれど、身体をあわせて初めて知ることがたくさんある。
指先からはじまって、唇、腕、足、胸、そして性器。
触れ合うたびに、未知の扉を開いていく。
よくてよくて、すごくよくて。
もっと気持ちよくなりたくて。
果てがない。
「はちや・・・」
執拗に胸を刺激する蜂谷の頭を両手でとらえて、手のひらで、指で彼の艶やかな黒髪を感じる。
こんなことすら気持ちいいなんて、知らなかった。
腰の奥がうずく。
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