エピソードタイトル未定

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 だけど、三人の匂いを一度に吸いこんでしまい、混乱する。 「あ・・・」 「おい、瑛!」  蜂谷の、匂い。  針葉樹みたいな・・・。  深い、森の香り。  今まで、蜂谷の匂いなんて考えたことなかった。 「えい!」  ねじを引き抜かれたように、膝がいきなり落ちたことだけはわかった。 「もう・・・。むり」  何も考えられない。  考えたくない。 「はちや・・・」  このまま、ずっと眠らせてくれ。  自分がやったのかと思った。  もしも、特殊能力なんてものがあったなら。  きっとやっていた。  六年前。  志村大我とその相手の女を殺していただろう。 「・・・だけど・・・・じゃない?」  身体が水に浮いているようだ。 「でも、数値が・・・」  流れは全くなくて、まるでプールの中で漂っているような?  それとも・・・。 「なら、・・・って、ことだな?」  水なんかじゃない。  指先に触れたのは糊のきいた綿の布。  背中にあたるのは…。 「・・・ここ、・・・っは」  ひゅうと、喉が鳴った。 「あ、気が付いた?」  真っ先に目に入ったのは、浅利医師の顔。  スクウェアネックのカットソーよりあらわになった胸元から首にかけての白い肌に、一瞬何かペイントしたような跡を見た気がしたが、瞬きをすると消えてしまった。  ペイントなんて。  しかも、金色だなんてどうかしている。 「いったい、何が・・・」 「あなたは一時間くらい前に仕事場で倒れたの。蜂谷君たちに運んでもらってここで少し検査したけど、ちょっとした寝不足と貧血気味かな。もしかして最近食欲もない?」  そういえばここのところ眠りが浅くて疲れやすく、そのせいで胃が食べ物をあまり受け付けない。  軽く顎を引くだけですべてを理解してくれたのか、彼女はてきぱきとベッド周りを整え始めた。 「うん、だからね。まずは軽く点滴しておこうか。終わるころに蜂谷君にまた迎えに来てもらうからそれで良いわよね」  応える間もなく腕に針を刺され、また瞼が重くなっていく。 「そんなわけで、お二人ともよろしく」  そこでようやく蜂谷と宮坂がそばにいてくれたことに気付いたが、首を動かすことすら何故か億劫だった。 「・・・ヒート」  ひそかな、聞き取れるはずのない囁きだった。  なのになぜか拾い上げる。  ヒート。  オメガを語るときに必ず出る呪文。  なぜ今ここで。  浮かんだ疑問も彼らの囁きも何もかも眠りにからめとられていった。  浅い眠りほど悪夢を見ると、言ったのは誰だったか。  時計の秒針を刻む音と、話し声。  そして、かすかな痛み。  「いたい・・・」  痛みは、次第に強さを増していく。  そしてそれは、耐えられないものへと変わった。  下腹部の、骨盤全体をハンマーで殴られたらこんな痛みなのではないか。  そう思った瞬間、目の前に自分の身体よりもずっと大きな掌がぬっと現れた。  逃げる間もなくその巨大な手に腰をつかまれ、あっという間に力任せに握り込まれ、つぶされる。 「あ──────っ」  叫んだ口から噴き出たのは血ではなく、蔦のような植物だった。  虚空へ伸ばした手の指先からも緑の蔓と葉が生えて、天に向かって伸びていく。  このまま自分は植物になるのか。  なにがなんだがわからない。  でも、全身から伸びていく植物の核は、最初に痛みを感じた骨盤の中心にあると確信した。  種が腹の中に寄生したと思うと気味が悪い。  怖くて怖くて、植物に覆われた手で震えながらも腹を抑えた。  葉を伸ばし蕾を付けた蔦は、ぽん、と小さな音を立てて白い花を咲かせ、身体を取り巻いていく。  うねうねと伸び続ける植物にだんだん飲み込まれていき、視界も阻まれて、緑の闇に覆いつくされた。 「たすけてくれ・・・」  怖い。  腹の中にマグマのような炎を抱えているようだ。  その熱が全身を駆け巡って焼き尽くしそうで、怖い。 「たすけて・・・」  誰か。  頬にひやりとしたものを感じて目を開けた。 「大丈夫か?すごい汗をかいてる」  蜂谷の心配そうな顔が間近に見えて、力が抜ける。  ベッドの傍らに椅子を置いて座り濡れタオルで汗を拭ってくれていたらしく、優しい手つきで額にもあててくれた。 「・・・なんか・・・」 「ん?」 「よくわからない・・・けど。なんか怖かった気がする」 「そうか。おかえり、瑛。お疲れさま」  まるで長旅から帰ってきたかのように軽く応じて、心底安心する。  これが現実。  自分は、この世界にいる。  大きく深呼吸した時にふと、思いだす。 「なあ、蜂谷」 「んー。なに?」  のんびりした返事につい尋ねてしまった。 「お前、今日は香水つけてるのか?」  朝から感じていた疑問を。 「・・・え?」  蜂谷の手が止まる。 「・・・そう?」
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