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避けられている、完全に。ちょっと席を外した隙に、デスクの上には経理部から出張費精算の書類が戻されていた。付箋が貼られていて『領収書が不足しています。確認をお願いします。野々山』とあった。口頭で簡単に済む話を、わざわざ付箋を貼って持って来ているのは、完全に俺を避けているからだ。
やれやれ、バレンタインデー以降、野々山さんにはすっかり嫌われてしまったようだ。用がある時はメモや付箋、こっちが彼女の席に近づくと、センサーでも内蔵されているのかと驚く程、逃げ足も速い。小柄な体でちょこまかと動く野々山さんは、どこか小動物を思わせる。逃げ足が速いから、ウサギか何か?ふと彼女の干支は何だろうかと思った。
コピー機の前にいる野々山さんをみつけ、後ろから慎重に近づき声をかけた。
「野々山さんは、干支は何?」
「.....ネズミですけどそれが何か?」
振り返った野々山さんは、後ろにいるのが俺だと分かると険しい表情で答えた。
「いや、別に、単に何かと思っただけだよ。」
「あ!年齢ですか?そんな事聞かなくても、大卒で新卒なんだからだいたい分かるんじゃないですか?...じゃあ荒木主任の干支は何なんですか?」
「俺?俺はネコ年。」
「はあ?!」
俺の答えを聞いた野々山さんは、自分だけヒミツだなんて信じらんない、とかブツクサ言いながら自分の席へと戻って行った。彼女の反応が見たくて、ついつまらない事を言ってしまった。だけど怒っている姿もなかなかに可愛い。彼女は他の人へは標準装備しているらしいぶりっ子な口調を、俺に対してはすっかり忘れてしまっているようだ。素のほうがよっぽど可愛いのに。
野々山さんはネズミか。俺は本当にネコなのかも。逃げられると追いたくなるのは男の性質なのか。さてさて明日はどうしたものか。
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