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「はい、これ。」
荒木主任が差し出した小ぶりのショップバッグを凝視してしまう。袋の口からは透明フィルムと茶色いシックなリボンでラッピングされた焼き菓子らしき物が見えている。
「...何ですか、これ?」
「ん?ホワイトデーのお返し。」
「いりませんっ!私、チョコなんてあげてませんから!」
そう答えると、荒木主任はほんの一瞬の間の後、「そっか、ごめんね。」と言ってまた別の女子社員の所へお返しを配りに行ってしまった。
あげてない、絶対にあげてない。あのチョコは滝本くんに作ったものだし、それを荒木主任が勝手に奪っていっただけだもの。お返しなんて受け取れる訳がない。荒木主任がアッサリと引いてくれて良かった。そう思っていたのに。
「これ、余ったからあげる。」
定時後、荒木主任は私のデスクの上にさっきと同じショップバッグを置いて立ち去った。
「だから、いらないって、」
「それ!お返しじゃないから!余ったからあげる!」
バレンタインデーの日から、荒木主任の事を避けている。あの日の出来事を忘れたいというのもあるけど、荒木主任の少し色素の薄い大きな目に、心の奥まで見透かされている気がするから。
あの日から、荒木主任の前では今まで作ってきた『野々山麻鈴』を演じられない。鍍金が剥がれた薄っぺらな自分自身の中身を、全て見られているようで落ち着かない。だから避けているのに。
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