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「荒木主任、これ...」
その日、定時を過ぎた頃に外回りから戻ると、エレベーターホールに野々山さんがいて、可愛らしい紙袋をこっちに差し出してきた。
「ん?何?」
「...お返し...です。この間のお菓子の。」
お返し。お返しのお返しってこと?
「だってアレ、お返しじゃなかったんでしょ?」
なる程なる程、野々山さんはあの生チョコレートの事件をあくまで無かった事にしたい、だからお返しは受け取らない。アレはただでもらったお菓子だから、『お返し』な訳だ。
「ふーん、ありがと。」
そう言って受け取って、野々山さんの目の前でラッピングをガサガサと開ける。
「チョコブラウニーです。...手作りの...。」
手作りのと、消え入りそうな声で言う野々山さん。バレンタインデーの日、滝本に対して「今すぐ食べて」って言っていた強気な女の子とは別人のようだ。
「ん、うまい。美味しいよ。」
すぐに食べてそう言うと、野々山さんは恥ずかしそうな表情を見せた。クルクルと変わる彼女の表情が面白くて、ついつい見入ってしまう。
『受け取ってくれるかな?』
『今食べるの?』
『味、大丈夫かな?』
『良かった美味しいって言ってもらえた』って所だろうか?
素朴な焼き菓子、ブラウニーは今の野々山さんのイメージにピッタリだった。甘さの中にほろ苦さ。美味しくてあっという間に食べ終わってしまった。さて。
「ごちそう様。お礼に食事でもどう?」
「えっ?!いえっ、これ、こっちがお返しですから。」
そう言って既に中身の無くなった紙袋を指す野々山さん。
「いや、でも俺もお返ししたい。」
「いえ、でも、それじゃあ終わらない...」
「いいよ。エンドレスで。待ってて。すぐ帰れるから。食事行こう?」
そう言って野々山さんに背を向けて、一旦社内へ戻る。戸惑う気配を背中で感じながら。いいんじゃない?無限ループ、終わらない関係で。
〈end〉
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