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さて、放課後、私は信吾と一緒に病院を訪ねます。五階建ての総合病院です。建物には、緊急避難時の外階段が付いているのが、何となく気になりました。
総合病院のロビーは、大勢の患者さんが居ました。病院が好きな人、いえいえ、頼って居る人が、こんなにも居るとは知りませんでした。窓口の前のベンチシートは、会計を待つ人で一杯です。
私の病院での想い出は、ろくな物ではありません。それは、母の見舞いに来た想い出なのです。
母は焼身自殺をしているのですが、その切っ掛けになったのが、梅と言う名の老婆の死に直面したからでした。梅は、マンションの屋上から飛び降り、それを目撃した母が、精神を病んだからです。
梅の事件の目撃以来、母は会う人全てが梅の顔に見えると言う呪いのような病に苦しみました。それで、度々精神科の医者に診て貰っていたのです。色々な病院に検査入院もしていて、私も何度か見舞いに来ていたのです。そんな暗い過去を思いながらロビーを通り過ぎます。
信吾は、表情を失った私に気を遣っているのでしょうか? 盛んに謝罪の言葉を掛けてくれます。信吾に病院へ連れて来られた事に怒っている訳では無いですが、まだ不機嫌の理由を話すほど親しい間柄でもありません。ただ、彼の誠実さには好感が持てます。
ここで信吾は、病院を訪れた理由を話します。
「実は、妹が原因不明の病気で入院していて、もしかすると、霊障の可能性があるんだ。そこで、茜の霊障を解決した深町さんに観て欲しいんだ」
エレベーターで三階に上がり、病室を訪ねると、そこには信吾の妹が入院していて、しかも意識が戻らない状態が続いているとの事でした。
信吾の妹は、兄に似て整った顔立ちをしています。特に、眉が太い所は、意思の強さが表れていて凛々しいです。
「ずっと目覚めないの?」
私の質問に、信吾は答えます。
「そうなんだ。どんなに手を尽くしても意識が戻らない」
妹を見つめるその表情から、彼の苦悩を察する事ができます。
「辛いね……」
信吾は、おもむろに紙袋を取り出すと、私に説明しました。
「それで、深町さんに相談したいのは、この人形の事なんだ」
信吾が紙袋から出したのは、三十センチくらいのフランス人形でした。人形は、巻き毛の金髪で、瞳は青く、ピンク色のドレスを着ています。つまり、愛らしい西洋の幼女人形でした。
「この人形がどうかしたの?」
「実は、このフランス人形は、祖母から妹への贈り物なんだが、何処に置いても妹の病室に戻ってしまう。家からは勿論、遠くに捨てても駄目なんだ。気味が悪いだろ?」
私は、何処へ行っても妖怪が待ち受けている事を覚ります。信吾は、更に説明を続けます。
「俺が思うに、祖母は意識が戻らない状態で亡くなったんだ。だから、寂しくて妹を呼んでいるのかも知れない。君の霊能力で、何とかならないか?」
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