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「ありがとう。ですが、この格好の方ですと、気が引き締まる効果もありますから。それより、何をしていたんですか?」
「御洲堀……でしたっけ。見学しにきたんです」
そう言いながら、視線を干潟の人々へと戻す。
昨日、浅野から教えてもらったこの行為は、公的な行事である。管弦祭当日に船が支障なく海上を進めるよう、干潟を深めるのが目的らしい。参加者は回廊付近に限らず、そこらじゅうにおり、中でも大鳥居近辺で作業をする人々は、当日の船の流れを示すかのように、真っすぐに並んで干潟を掘っていた。
「御洲堀が珍しいですか?」
「そーですね。こんな行事をしていたなんて知らなかったから、見ておこうと思って」
「なるほど、それは殊勲ですね」
「別に立派じゃないですよ。むしろ自分の為です。ちゃんと知っておいたら『地元の人間だ』って言えるじゃないですか」
御洲堀に取り組む人々を見つめながら言う。
自分は、宮島に居場所を求めているのかもしれない。母も、仕事も、そして味覚も失った自分が再出発するのは、この土地だという気がしているのだ。
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