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「店の者に聞いた話では、以前はアナゴ飯をご希望されていたとか。アナゴも揃えてはいますが」
そう告げて、自らの退路を断つ。
ここへ来て、別の料理を提案するつもりはなかった。
「そうだな……。アナゴ飯、いいな……」
「承知しました。お好きなんですね、アナゴ飯」
「うん」
そう言って、餓鬼は口の端を微かに上げた。ちゃんと笑えるアヤカシなのだ。
「生きてる時から、好きだった……」
「とすると、元々は人間だったのですか……?」
「うん。死ぬ間際、これが食べたくて、食べたくて、仕方なかった……」
「病床でも食べたかったなんて、大好物だったんですね」
「僕は、病死じゃない……」
「えっ?」
「餓死……。だって餓鬼だもん。戦争で両親を亡くして、親戚もいなくて、最期はボロボロのバラックの中で動けなくなって……」
その説明に、ぴくり、と体が跳ねる。
柊は、その光景を知っている。
いや、広島で育ったものなら、みんな知っている。それだけの歴史を学び、語り部の話を聞いて育ってきたのだ。
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