第四話『管弦祭』

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 和服の上に纏っている割烹着の紐を、キツく締める。  同時に口元を強く引き締め、冷蔵庫を開けてアナゴを取り出す。今日ばかりは冷蔵庫の中に見とれるような事もなく、すぐにまな板の前へと移動した。  ……アナゴ飯は、そう難しい料理ではない。  まずは表面の汚れを落とし、背開きにして骨や頭や尾ひれを取り除く。そこがちょっと面倒なだけで、あとは白焼きにし、しょうゆを基本にしたタレで焼くだけ。それをホカホカのご飯に載せれば、最低限の形は整う。 「そう。難しくない。全然難しくない……」  零れた言葉は、分析というよりも願望や暗示の類だろう。  まな板の上へとアナゴを置き、慎重な手つきでお湯を掛けて汚れを落とす。  ここまでは、なんとかなる。問題はこの後なのだ。  包丁を手にして息を止め、アナゴの頭部にゆっくりと宛がう。  あとは、ただ真っすぐに切り落とすだけ……、
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