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辛い思いが次々と募るが、歯を食いしばって包丁を握り、今度はなんとかアナゴの頭を切り落とす。
そして次は、背に包丁を宛がい……、
「ふぐ……う、ううっ……」
再び、包丁を手放してしまう。
それと同時に、柊は確信してしまった。
――やっぱり、無理だ。
前向きに取り組む? よくそんな大口が叩けたものだ。いい気になっていた自分が恥ずかしくなる。そんな安っぽい気持ちで悪夢を乗り越えられれば、苦労はしない。
「でも……」
消えてしまいそうな声が、口の中に漏れた。
「夕食は作れませんでした」と諦めるわけにはいかない。餓鬼の希望に応えなきゃ、広島の料理人にはなれないのだ。十二支屋のみんなにだって、向ける顔がない。
「……あるんだよね。まだ、できる事……」
今度は、はっきりとした言葉が出てくる。
だが、包丁が三度握られる事はなかった。
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