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「飯の準備、できたのか」
そんな言葉とともに、樹が台所に顔を出したのは、間もなく午後七時になろうかという頃だった。
「あ、樹さん。お体、大丈夫なんですか?」
「どーって事ねえよ。それより、アナゴ飯、作れてるじゃないかよ。俺が味見してやろーか?」
樹は台所のテーブルに置いているアナゴ飯を見つけると、柊の返事も待たずに近づいて匂いを嗅いだ。
タレが焦げる香ばしい香りは、柊にも届いている。温かいご飯に絡めれば、アナゴとご飯のふわりとした食感を、濃厚な味で楽しんでもらえる事だろう。
「あー……味見はまだ、誰にもしてもらっていませんけれど、問題ありません!」
「ほう、随分と自信があるじゃねえか」
「それは、まあ」
「頼もしいな。……餓鬼は、これまで何度も来店しているのに、期待に応えてやれた事がないんだ」
樹がしみじみと語る。餓鬼が常連客であるという話は聞いているが、それにしても随分と思い入れがあるようだった。
「なんだか、大切なお客様っぽいですね……」
「当然、客はみんな大切だよ。……でも、餓鬼は特別だ」
樹はそう言って、一度柊の方を見る。言葉を挟まないのを確かめたようで、すぐに一人で頷いて続きを口にした。
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