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新明座を出ても、樹はこちらを振り返ろうとはせず、声もかけてこない。ただ、石畳だけが強く踏み鳴らされていた。
後ろを歩いている八犬は、何を考えているのだろうか。こちらは考えが読み取れない。やはり樹の味方なんだろうか。
何にしても、自分が許されない事をしたのは分かっている。
沈黙したまま母屋に戻ると、樹は腕を前に振って、なおも着いてくるように合図を送ってきた。逆らわず後に続くと、樹は受付傍の長椅子にどっしりと腰を下ろし、柊を見上げてきた。
「……柊」
ぽつりと、名を呼ばれる。
反射的に背筋を伸ばし、柊は彼に正対した。
「一体、なんであんな事をした?」
「……ごめんなさい。アナゴ飯、やっぱり作れなかったんです」
「前向きになって克服する、とか景気がいい事言ってたよな。やっぱり無理だったってわけか」
「はい……」
「そこは責めてねえから気落ちするな。それよりも、どうして相談しなかった? 料理を待ってもらうなり、他の奴が作るなり、打つ手はあっただろ」
「それは、そうだったかもしれません……混乱していました……」
反論のしようがない。
素直に頷いて非を認めるも、樹の姿勢は変わらなかった。
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