第四話『管弦祭』

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「……でも、それが簡単な事じゃないって、今回の件で思い知らされました。私、もうなにがなんだか……」 「お前、一つだけ思い違いをしているぞ」 「思い違い……?」 「今は、お前の目標よりも餓鬼の事だろ! 俺はてっきり、餓鬼を救う方法を聞かれるもんだと思っていたぜ。それが、なんで自分の事を相談してくるんだよ」 「そ、それは……広島の料理人になるには、味覚やアナゴ飯を克服しなきゃいけないから、同じ事だと……」 「違うな。お前は今までだって、みんなの協力という条件付きだが、客の心を救ってきたはずだ。今回だって同じようにできるだろうが。お前は今、客を見てないんだ……」  樹はそう言いながら、長椅子に深く座り直した。  隣接する壁に背中を預け、世間話でもするかのように、気の抜けた口調である。  だが、そこには静かな怒りがある。  姿勢や口調には力が篭っていなくとも、樹の目には怒りが篭っていた。 「が、餓鬼さんの事、忘れていたわけじゃ……」  言い訳が零れかけるが、声は途中で消えてしまう。  この指摘は、図星かもしれない。  言われてみれば、アナゴ飯に取り掛かる前の自分は、客よりも『広島の料理人』の事ばかり考えていたかもしれない。
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