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第四話『管弦祭』
厳島神社が、上も下も活気に満ちている。
回廊を歩く観光客の足元で、潮の引いた干潟を掘っている五、六十人を、柊は神社の敷地外から興味深く眺めていた。
暦は七月十三日、陽射しはもう完全に夏模様で、早朝といえどもギラギラしている。干潟の人々は、みんな汚れることを前提とした私服で、帽子やタオルを着用していた。格好を見れば農業のようだし、行為を見れば漁業のようだが、どちらも違う。彼らの近くに立っている『洲堀』の幟が、それを示していた。
「柊さん、おはよう」
背後からおっとりとした声が聞こえてくる。
見れば、浅野が歩み寄っていた。紺のスーツを着ているうえに、ネクタイも首元までしっかり締めている。しかしながら、穏やかな表情のせいだろうか、不思議と暑苦しさは感じられなかった。
「おはよーございます、浅野さん。暑くないんですか?」
「スーツの事ですか。暑くないといえば嘘になりますが、身だしなみです」
「確かに似合っていますけれど、Yシャツ姿でも見苦しくないと思いますよ」
自分も、夏用の薄い紗とはいえ、袖や裾の長い和服を着ているが、客の前に出る可能性がある以上、これは仕方ない。だが浅野は完全な裏方だ。服装を崩しても何ら問題はないのだ。
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