第十章 特別任務「大蛇再封印」

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 大和が出勤すると、デスクの下で源次郎が毛布を詰めて丸くなっていた。 「お茶だけ飲んで、どこに行っていたんですか」 「まずは挨拶じゃろ」 「勝手にどこかにいったゲンさんに礼儀を説教されたくないです」 「ふんッ」  まるで、ついこの間の堺のようだった。 「俺、今から印の習得訓練なんです。一緒に行きませんか」 「行かぬ。わしは、この後また休みをとる」 「……夜は帰ってきますよね?」 「……」 「帰ってきてくださいよ。晩御飯、何がいいですか?」 「……仕方ない、帰ってやるかのお。グラタンがよい」 「またグラタンでいいんですか?」 「最後に食べるならあれがよい」 「最後って……そういえば、今朝変な夢を見てしまって」  大和が話しているのに、源次郎はぴょんと飛び出し、幽霊係から出て行った。  しっぽを掴もうとした手は虚しく空をかいた状態で止まった。その手を佐賀がぽんぽんと叩く。 「なーんか、冷めきった夫婦の会話みたいだったわね。生きている頃のダイちゃんと私みたいだったわ」 「おい千絵。流石に俺はあそこまで──」 「むしろ、今の光景より酷かったわ。喧嘩でもしたの?」  無視するなと佐賀の肩を甘噛みする大悟の頭を佐賀は撫でる。 「喧嘩どころか会話もなくて」 「ケガが痛むのかしら。下見の時、大蛇に近づきすぎて、しっぽで叩かれたって、ダイちゃんが言ってたわ」  大和の知らない情報だった。ますます源次郎が分からなくなり、大和は頭をかきむしると、追いかけるように幽霊係を出た。しかし、狸の毛一本も見つからず、陰陽師の待つ道場へ向かった。  道場では陰陽師と彼の肩に小さな茶色いまりものようなものが乗っていた。手はなく、人間と同じような足が生えている。 「おはようございます。今日は式神も一緒に参りました」 「式神?」 「私に仕えているモノノケの類です」 「ここ結界が貼られている公的施設ですよ? 入れるんですか? あれ、でも昨日グリアローザさんも入ってきてたな……あの人は霊力なくても見ることができるから別格なのかな……」 「独り言中すみません。もう時間がないので、さっそく始めていいですか? 今日は、この式神を実際に封印していただきます」  陰陽師は、6畳ほどある大きな紙を広げた。そこには赤い陣が描かれている。真ん中に壺を置き、肩に乗っていた式神を紙の外側に下ろす。 「では、この式神を壺の中に封印してください」  深呼吸をし、両方の親指と人差し指を使って三角形を作る。真ん中にあいた空間から茶色の式神を覗く。 「捉えたッ!」 一気に印を結ぶ。すると、性能のいい掃除機に吸い込まれるように残像を残しながら式神は壺に吸い込まれた。 「できた……」  大和は拍子抜けしてしまう。  陰陽師が壺に近づき蓋と札をはり「これが一連の流れになります」といい、蓋を開けて式神を外に出した。 「では、もう一度しましょう。次は、式神に思う存分抵抗してもらいます」  静かだった式神が甲高い声を上げながら道場の中を二本の足で走り回る。  最初の捉える難易度が一気に上がり、大和は奥歯を噛んだ。 「ちょっ、待ってッ!」 「大蛇は待ってくれませんよ」 「よし、ここだ!」  ようやく印を結ぶが、今度は吸い込まれてくれない。式神は抵抗を見せ、最後の印を結ぶ指が綺麗に曲がってくれない。右と左の指をお互いに絡め内側に曲げなければならないのに、まず指が絡まりあわない。同極の磁石のように弾かれてしまう。 「ぐっ!」  一気に力をこめると体の底から霊力が溢れ、式神が吸い込まれた。 「及第点ですね」  陰陽師は乾いた拍手を大和に送った。初めての本格的な封印を終え、大和はその場に座り込んだ。 「霊力を使うってこんな感じなんですね。体が浮いてるみたいな疲労感があります」 「この子は、小さい入れ物に入っていますが、かなり力の強い式ですので」  壺を開けて式神が放たれる。人懐っこく、大和の肩に乗り労ってくれた。 「本当は大小さまざまな大きさの式で練習したいところですが、時間がないのでここまでですね。あとは……よろしくお願いします」  陰陽師は唇を噛みしめながら座り込む大和に手を差し出す。大和は力強く頷き握り返した。 「そういえば、この子はどうして結界が張ってある警察署に入ってこられるんですか?」 「さっきもそのようなこと言ってましたね。グリアローザさんでしたっけ?」 「はい。吸血鬼なんですけど」 「彼らは異国のモノノケですからね。この式神は、中身だけなら弾かれます。あなた方が従えている公務獣と同じ原理でここにいるんですよ」  陰陽師は懐から陣の書かれた紙を取り出した。大和も源次郎を公務獣にしたときに使ったものと同じだった。 「警察署から出たら、この器から霊体だけ離脱させます」 「できるんですか?」 「できますよ。公務獣はできないと思いますが。器から霊体を引き離す逆式の陣は、陰陽師に伝わる大切なものですので」  しかし大和は、慎之介がチワワから霊体を出したのをこの目で見ている。 「その陣って見せてもらえますか?」 「構いませんよ。見せるだけで、かすことはできせんが……しかし、なぜですか」 「興味本位です」  陰陽師は、同じところからもう一枚紙を出した。広げられた紙に書かれた陣に、大和は息をのんだ。  慎之介の霊体をチワワの体から離脱させるために源次郎が持参したものと全く同じだった。 「もう一度、確認していいですか? この逆式の陣は、陰陽師の家にしか伝わっていないんですよね」 「はい。門外不出のものです」 「最近、誰かに貸しましたか?」 「門外不出と言ったでしょう。警察が所持しているのは、霊体を別の物体に憑依させる陣──先代家元が大蛇封印のさいに警察官と猫に使用したものだけと聞いています。いたずらに憑依と離脱を繰り返さないため、逆式は渡していないはずです。今回、逆式を見せたのも、一族の負債を背わせている春市さんだからです。口外しないと約束してください」 「……分かりました。最後に一ついいですか? この逆式を盗まれたことはありますか? 例えば狸が里に侵入したとか」 「ありません。これは私が厳重に管理しているものです」  陰陽師が、訝しげに大和を見る。大和は、これ以上は怪しまれると、口を閉ざす。その唇は微かに震えている。 「それでは、明日、ご武運を。一族全員でお祈りいたします」  深々と頭を下げた陰陽師は、大和を残し武道場を去った。
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