知代の場合

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知代の場合

「ふうん。この制服わりかしいいじゃない」  姿見の前で蛇穴美鱗(さらぎみうろ)が勢いよく回ると腰まで長い糸のような銀髪がさらさら揺れた。  明るいグレーのブレザーは赤いリボンタイがよく映え、同色系のチェック柄のスカートがかわいらしさに華を添えている。  美鱗はご満悦の表情で鏡を覗き込んだ。  眉毛の上で切りそろえられた前髪の下には異常に大きな銀色の目が怪しく光っている。 「知代ちゃん。早くしないと遅刻するわよ」  階下からの声に美鱗が「はあい」と返事すると、髪や目がシュッと知代に変化した。  机に置いた鞄を持ち「じゃ行ってくるわ」とベッドに寝ている『人形』に声をかける。  制服を着た等身大の『人形』は見開いた空ろな目を天井に向けたままだった。 「おい、知代。おまえ何学校来てんだよ。もう来るなっていってんだろうが」  教室に入るや否や、先に席に着いていたイジメの主犯留美子が周りを取り囲む六人の取り巻きの間から知代を見上げた。  取り巻きたちも振り返り、にやにやと笑う。  イジメの始まった原因がなんだったのか、美鱗は知らない。その頃はまだ知代の内に発生していなかったからだ。だが、留美子が小学校時代の親友だったことは知っている。走馬灯のように浮かんだ知代の記憶の中に仲良く手をつないだ二人が見えたからだ。 「帰れってんだよ」  取り巻きの一人が席に着こうとした知代の尻を蹴った。この女は留美子に気に入られようといつも真っ先に知代を攻撃してくる。中学校に入学した時、隣同士になったのが縁で友人になった麻実だ。小学校時代にイジメを受け仲間外れにされていた経験を持ち、つい最近まで知代の味方だったが今は違う。それも走馬灯で知った。  知代は侮蔑の眼差しで麻実を振り返った。己の小ささは己が一番知っている。だから敏感だ。麻実は知代の目が何を語っているか察知し、それが図星だけにカッとなるのも速かった。 「何睨んでんだよ」  再度、知代の尻を思い切り蹴飛ばす。  机や椅子を飛ばして床に倒れ込んだ知代を見て、留美子たちが手を叩いて大笑いした。  倒れても目を見開いて睨んだままの知代に心の深い部分を突かれているようで、麻美は知代の胸ぐらをつかみにかかった。  ぐいっと頭を起こした知代は麻実の耳元に唇を寄せた。 「お前が一番卑劣。わたしが死んだ原因はお前」  驚いた麻実が知代に目を見張る。目の前に銀色の大きな目をした知代でない者が長い舌を出し、べろりと麻美の顔をなめた。悲鳴を上げる間もなく、舌が首に巻き付き絞め上げる。  麻実の首がごきりと音を立て真横に傾いたのを見た留美子は思わず立ち上がり、自分の見たものが信じられずに取り巻きたちを見まわした。皆も驚愕の顔でお互いの顔を見ている。  麻実の身体が倒れ込むと同時に知代が立ち上がった。 「てめぇ、麻実に何したんだ。この人殺しがっ」  留美子の剣幕に知代がふっと笑う。 「お前に言われたくない」  言うが早いか、舌と両腕が伸び、まず三人の取り巻きの足を折った。 「ば、化け物っ」  逃げ出そうとする残り二人の足も折り、恐怖で動けずにいる留美子の首に舌を巻き付け、顔をべろりとなめ上げる。 「おまえ、なんなんだよ――」  舌の先が単独の生き物のように頬や鼻の穴を探りながら、左目に近づいてくる。留美子は固く瞼を閉じたが、舌先がそれをこじ開け眼球を貫いた。 「ぎゃあああ」  留美子の脚を伝い落ちた小便が水たまりを作る。  巻き付いていた舌が首から離れると留美子は床にくずおれた。  それを見た五人は床を這いながら知代から逃げようとした。だが、知代から伸びてくる両腕と舌が次々に五人の身体を引き裂いた。教室一面に血が飛び散り、ただの肉塊となった少女たちの四肢や胴体が床に転がる。それを残った右目で見せつけられた留美子はまだ微かに残る憎悪を瞳に込め知代を睨んだが、弾丸のように飛んできた舌先に顔面を打ち砕かれた。  目撃したクラスメートの話では、まだ来ていない知代にまるでいるかのように声をかけた後、七人は急に体中を掻きむしり苦しみ出したという。悲鳴を上げ怯えたように走り出したが床に倒れるとのた打ち回った。何度も悲鳴を上げそのつど痛いと叫んでいたが、見た目では何も起きてはおらず、駆け付けた教師たちもみな困惑した。  全員死亡。死因は心不全と診断された。  留美子と取り巻き六人が死んだ朝、知代の母親は確かに知代の「はあい」という声を聞いた。だが、二階からなかなか降りてこないので部屋を覗くと制服を着たまま知代はベッドの中にいた。 「やだ、この子二度寝しちゃったの? 知代、起きなさい。もう完全に遅刻よ」  そう言いながらベッドに近づき母親は異常に気付く。  慌てて布団をはがすと、知代は乾いた血溜まりのベッドの中ですでに息絶えていた。右手にカッターナイフを握りしめ、左手首には傷がぱっくりと口のように開いていた。  いない知代に声を掛けていたことやその時すでに自殺していたということから、これは『知代の呪い』なのだと、学校の内外にまことしやかに広まっていった。
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