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佳織の場合
「もう殺ってもいいか」
美鱗(みうろ)はベッドに横たわる佳織に訊いた。
だが、腹の虫をぐううと鳴かせながら、弱々しく首を横に振る。
「殺れば腹いっぱい食える。それでも殺らないのか?」
力なくうなずくのを見て美鱗はふんと鼻を鳴らし、また佳織の奥深くに沈んだ。
今夜も父の利光から折檻を受けた。
夕食の際に箸を一本落としてしまったからだ。
昨日受けた折檻の後遺症で手が震え、箸がきちんと持てなかった。
まだ一口も食べていないのに佳織はイスから引き摺り下ろされて背中と尻を何度も蹴られ、昨日と同じように右手首をぞうきんでも絞るように思いきりねじられた。
激しい痛みが全身を襲ったが、佳織は歯を食いしばって泣き声を上げなかった。声を上げればガムテープで口をふさがれ、さらに折檻が長引くからだ。
そのまま夕食はお預けになった。もうそれが何日も続く。
朝昼は利光が出勤した後に母の亮子が内緒で食べさせてくれたが空腹を満たせる量ではなかった。
ただでさえ少ない母の分を分けてもらっているからだ。
朝も昼も食パン一枚だけの亮子もそれ以外のものを口にできない。利光が食材を管理し、ジャム一匙でも足りなければどちらかが折檻された。
二人は利光に脅え、常に沈んだ暗い目をしていた。
幼い頃からずっと虐待を受けてきた。
保育園に通うようになってから見える部分への暴力はなくなったが減ったわけではなく、見えない部分へつけ加えられているだけなので何も変わらなかった。
虐待に気付いた保育士が児相に通報しても、しばらく鳴りを潜めるだけで基本的には何も変わらない。
小学校に入学してからもそれは同じで、周囲の大人たちが佳織を守ることはなかった。
体調が悪く学校を欠席してから数日経ったある夜。
佳織は折檻され夕食を抜かれた。
お腹空いた、あちこち痛い、何か食べたい、もうぶたないで、怖い、もう蹴らないで、痛い、お腹空いた、ご飯食べたい、痛い、喉が渇いた、お水飲みたい、痛い、怖い、お腹空いた、空いた、空いた、ぶたないで、手が痛い、蹴らないで、足も痛い、頭も痛い、痛い、痛い、痛い、お腹空いた――もういやだっ
「殺ってやろうか」
深い悲しみの底から声がした。
銀髪の少女が佳織の脳裏に浮かび上がる。
「だれ?」
「わたしは美鱗。お前の奥底からあいつを殺りにきた。
自由になりたいか」
佳織は首を横に振った。
「なぜ? 殺れば解放されるぞ」
「だって、パパだもん」
「あれは怪物だ。やらねばお前が殺られる」
だが佳織は首を横に振る。
美鱗はふんと鼻を鳴らし、佳織の奥深く沈んだ。
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