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その日、化粧をしてジャケットを羽織ったのは、自分が大人なのだと言い聞かせるためだけではない。諒や使用人がジャケットを羽織っているなか、自分だけがノージャケットというのがどうにも落ち着かなかったのだ。幸い、着替えは取ってこられた。
リクルートスーツの黒いジャケットをポートネックのカットソーに合わせた。ボトムも細身の白のデニムパンツに変え、赤絨毯を踏むのは十センチヒールの黒のパンプス。久しぶりにハイヒールを履くと、背筋が伸びる感じがして心地好かった。
「おはようございます、叔父様」
食堂に入るなり、明るい声でそう微笑んだ。
諒が沙璃の部屋で朝を迎えたことが皆に知られているのかはわからない。
ただ、自分から怪しまれることもないだろうと思ったのだ。
気づかれても叔父姪の間にやましいところはなにもなく、ただ気恥ずかしいだけだが。
諒はそんな沙璃の気持ちを察したのか、
「はい、おはようございます」
と、いつもの微笑でもって答え――くすっと可笑しげな笑み声を落とした。
――やっぱり、叔父様はときどき意地悪なんじゃないかしら。
隼斗に椅子を引かれ腰を下ろす。ふとそのとき、柊二の視線に気づいた。
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