落花 ※

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「丁重なお悔やみをいただき、ありがとうございます」  百合乃はずっと看護士をしていたが、職場や住処を転々としがちだったせいか親しい人間はあまりいない。初めて会う母の同僚からお悔やみを受けとり、丁寧に礼をかえす。そのくりかえしだった。  沙璃は自分の色の薄い目が感情を表しにくいことを知っていた。そのせいで目鼻立ちのはっきりした顔が冷たい印象を与え、十センチのヒールを入れて一八二センチの長身が威圧感を醸しだすことも。そのうえ弁もたたず、いざなにか話さねばならないときはいつだってうどの大木になった気がする。だから、そのぶんできるだけ深く長く頭を下げて謝意を伝えた。  百合乃の同僚だと名乗った五十路の女は、視線を左右に流しながら言った。 「あの、ほかのご親族の方は……? 旦那さんはいらっしゃらないって聞きましたけれど……」  沙璃は首を小さく振った。 「おりません。祖父母も早く他界したそうで――」  母、百合乃も一人娘で、両親を早くに亡くしていた。そして、沙璃は父の顔を知らない。幼い頃に別れたのだと聞いて、それっきり。  二十二にして天涯孤独――。  言葉に詰まった女の前でふたたび深く頭を下げ、左ふくらはぎに力を入れた。  ――踵。     
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