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俯いたままの諒になにか言ってやりたくなって、沙璃は言葉を探した。
「……見つけられなかったのも、無理はないかもしれません」
諒が顔を上げた。続きを待つような、許しを請うような目をしていた。
「三年前まで県外にいました。大学に通うためにこちらに来たのです。それに、母は引越し魔でしたから。だから――」
諒に少しでも笑ってほしくて軽い言い方を選んだ。本当は、引越しを楽しんでいたというよりいつもなにか切羽詰った様子であったが、とにかく一ヶ所に腰を落ち着けたがらない人間ではあった。諒は少しきょとんとした顔をしたのち、目を薄め口角を上げて――礼儀として作り笑って見せた。
「あなたは、優しいのですね」
あらためて沙璃を見て、今度は本当に微笑んだ。
「沙璃さん、今度は、あなたの話を聞かせてください」
沙璃はとりとめもなく話しだした。
母が看護士をしていたこと。自分が大学で石彫を学んでいること。
母の病。死。
ほかに身寄りのいないこと。アパートを出ることになったこと。
そして、男に絡まれて、追いかけられたこと。
嘘を吐くのは躊躇われたが、どう絡まれたのかは暈した。
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