落花 ※

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落花 ※

 十和田百合乃(とわだゆりの)の葬儀は静かなものだった。  古い葬儀場のいちばん小さなホールに白木の棺が置かれ、同じく白木の祭壇に一盛りの白百合が飾られている。館内の暗さをやわらげるためか大理石を模した壁紙もフロアタイルもやたら白々としていた。そこに喪服の弔問客の姿がぽつりぽつりと影のようにある。  通夜と告別式を兼ねた一日葬。親族は娘の沙璃(さり)ただひとり。  沙璃は長い髪をあげ、借り物の喪服に身を包んでいた。黒の額縁の中で機嫌よく笑っているショートヘアの女がこの喪服の持ち主である母親だった。四年前、三十九歳の誕生日に撮った写真。この直後に病が見つかった。  棺の中で彼女は白い花々と何羽もの木彫の小鳥に囲まれていた。  無宗教の葬儀には特にこれといって儀式もない。読経の声に代わって会場には故人が好んだエリック・サティのピアノ曲が流れている。モロッコ生まれのピアニストが陰のある音を奏でるなか、弔問客は思い思いに故人に別れを告げ、ある者は帰り、ある者は棺を見送るまで場に残っていた。 「このたびはご愁傷様でした。お母さん、まだお若かったのに、さぞ驚かれたでしょう――」     
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