第一章

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 授業開始を告げるベルの音と引き換えに、教室は喧騒から徐々に静寂へと移行する。  友人と話していた笹山良(ささやまりょう)は自席に戻りながらふと、朝日差し込む窓に目を向ける。窓の外では7月の太陽が朝からギラギラと照りつけて、緑を深めた葉が微かな風を受け申し訳程度に揺れていた。  通学時の暑さを思いだし、エアコンの無かった時代なんて想像出来ないよな、なんて思いながら笹山は机の横に掛けているカバンから一時限の現代国語の教科書を取り出した。  これから始まる教科より外の気温に意識が向いている、あえて自分に言い聞かせるように、教科書を無造作にポンと放り出し再び視線を窓に移す。 「涼ちゃん!おはよう」 「うん、おはよう」 「今日もイケメンだね」 「そんなこと言っても期末の採点は終わっているぞ。今から返すから」 「やだあ、お世辞じゃないよ、本音なのに」  T高校3年2組の教室に一限目の現国担当、篠田涼(しのだりょう)が入ってきた。人気教師の篠田は早速、生徒たちから声をかけられる。  今年の4月に着任したばかりの若い男性教師は、女子生徒達にとって何より興味を引く存在だ。気に入れば持ち上げ、そうでなければ事あるごとにこき下ろす、あるいは無視。この年代特有の理不尽な残酷さで、本人の意志と関係なく勝手に審査の対象となる。  その点篠田は4月の始業式という最初の関門で、女子達から合格点をもらっていた。  かっこいいというよりは甘い可愛い要素が印象に残る整った顔立ち。全校生徒が集う体育館でまだ少し大学生っぽさが抜けきらない雰囲気のまま、頑張りますと緊張気味に新任の言葉を述べる姿は初々しく、挨拶が終わった後にふと見せた安堵の笑顔で女子達の心を掴んだ。
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