Ep.2 共鳴―〈α〉の残光―

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 「――はい、連絡は以上です。朝も言ったけど、何をするにも怪我には気をつけてくださいね?」  そう言って、雪宮先生は緩いウェーブのかかった髪に指をかけ、ほんの少し首を傾げながら微笑んで見せた。  「起立」という級長の声が教室に響き渡り、クラスメイトたちが続々と立ち上がる。時折、男子数名が僅かに出遅れるのは、もはやこのクラスでは見慣れた光景だ。  いつもなら、その男子の中に淳も含まれるのだけど……。  (……やっぱ、ちょっと寂しいよな)  皆に合わせて一礼しながら、俺は一つ前の席を静かに見下ろした。いつも脇に掛かっている大きなリュックも、少々乱暴に突っ込まれた教科書の類もない。主のいない机は、やはりどこか寂しげだ。  今日という一日を思い返してみると、淳の存在がどれほど学校生活に潤いをもたらしてくれていたのかを改めて痛感させられる。  人とつるむのはあまり好きではないのだけど、張り合いがなくてつまらないと感じてしまうくらいには、俺もあいつの影響を受けてしまっているのかもしれない。  だけどそれも、あと少しだけの辛抱だ。  淳は今、市民病院に入院している。とはいえ、幸いにも大した怪我や不調もなく、早ければ明日にでも退院できそうなのだそうだ。  そして今朝、雪宮先生からも淳について皆に説明がされたのだけど……やはりというか、異空災害については一切触れることはなく、「ちょっとした事故に遭って、少しの間入院することになった」としか語られなかった。  それが、本当のことを知った上での嘘なのか、本当に何も知らないのかは分からない。だけど、普段と変わらない先生の様子を見ていると、淳がそれなりに元気でいてくれているらしいことはなんとなく想像できた。  そういえばあの日以降、何かとバタバタしていたせいで全く連絡を取れていない。入院中とはいえ携帯は使えるだろうから、家に帰ったら電話をかけてみようか……。  などと思いながら一礼すると、俺はすぐにリュックを持ち上げて肩に掛ける。ずっしりと重い荷物に引っ張られて、否応なしに背筋が伸びる。  いや、きっと荷物だけが理由ではない。  これからやろうとしていることに対する緊張も、少なからず影響しているはずだ。  俺は深呼吸をして、早足に教室の扉をくぐり抜ける。  楽しげに雑談をするクラスメイトをすり抜け、そのままの勢いで隣の教室を覗き込んだ。  素早く視線を動かし、目的の人物を探す。  何人かに不審そうな目を向けられたものの、彼女の姿を見つけることはできなかった。  こちらを怪訝な目で見つめる生徒たちに軽く頭を下げてから、俺は教室を離れて階段へと歩き出す。  もしかして、もう帰ってしまったのだろうか。  仮にそうだとしても、日を改めればいいだけの話……なのだけど。出来ることなら、覚悟の固まっている今のうちに伝えておきたいものだ。  俺は踵を返して廊下を通り抜け、足を忙しなく動かしながら階段を駆け下りる。途中ですれ違った年配の先生から、「転ぶなよー?」と緩い口調でたしなめられる。  そして、最後の一段を下りきる直前。  目当ての後ろ姿が、俺の目に飛び込んできた。  頭の左側で結んだ髪が、外からの風に吹かれてさらさらと揺れる。黒いリュックを背負い、淡い緑色の手提げ袋を右肩にかけて、下駄箱の陰へと姿を消そうとしている。  「美代!」  人目も憚らず、俺はつい大きな声で呼び止めてしまった。  美代を含めた何人かがびくりと肩を震わせ、一斉にこちらを振り返る。戸惑いの目が、俺と美代との間を行ったり来たりしている。  ……ちょっと、声を張りすぎたかもしれない。  美代も大勢から注目されていることに気付いたらしく、きょろきょろと周囲に目を走らせてから、恨めしそうに俺を睨みつけてきた。  俺は身を縮こませながら小走りで美代に近付き、周りに聞こえないよう小声で話しかける。  「悪い。ちょっとだけ、付き合ってもらえないかな? その……話しておきたいことがあってさ」
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