Ep.2 共鳴―〈α〉の残光―

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 細かな雲を散りばめた空に、淡いオレンジ色が滲んでいる。  僅かに開いた窓からの爽やかな風に乗って、澄んだ空気が室内へと流れ込んでくる。雑多に積まれた紙がぱらぱらとめくれる、乾いた音がどこか心地いい。  場所は人目につかず、できるだけ静かな所がいいと思った。  異空災害やADRASのことを話さないわけにはいかないから、少しでも人気の少ない場所がいいはずだ。  とはいえ、そんな場所は決して多くはない。  校外ならそれなりにあるかもしれないけど、お互いに部活があることを考えると、学校を離れるわけにもいかないのだ。  結局、理科準備室以外に相応しい場所が思い浮かばず。  俺は美代とともに、埃っぽい部屋へと足を踏み入れることになった。  そういえば、久しぶりに美代と一対一で会話をしたのもここだったっけ……と、俺は少し懐かしい気分になる。  あれから、まだ一週間も経っていないということがどうにも信じられない。濃密という言葉では片づけられないほど、あまりにも大きな出来事がありすぎた。  「で、話って何?」  ぱたん、と扉の閉まる音がする。美代の訝しげな視線に気付いて、俺は慌てて窓に背を向けた。ドアノブから手を離し、扉を背に立つ美代は、いつもより少々きつそうな印象を与えてくる。まるで――  「……そんな、親父みてーな顔しなくても」  つい思っていたことを口にしてしまい、美代からより一層冷ややかな目を向けられてしまった。  俺は慌てて、両手と首を激しく左右に振る。  自業自得とはいえ、早くも話を切り出しにくい雰囲気になってしまった。不甲斐ない俺をからかうように、窓の外で小鳥が楽しげな鳴き声と共に飛び去ってく。  「悪いけど、今日はそんなに時間が取れないの。話しにくいなら、また今度にしてくれる?」  そう言って、美代がくるりと踵を返す。サイドテールの髪をふわりと揺らしながら、古びた扉に手を掛ける。  「あ、ちょっと!」  俺は咄嗟に美代を呼び止める。扉へと伸びていた細い指先がぴたりと止まって、ゆっくりと下に滑り落ちる。  口を真一文字に結んだ美代が振り返り、視線が俺と重なった。  緊張のせいか思わず息が止まり、全身が瞬く間に強張っていく。  「えっと……俺さ、色々考えてみたんだ。これからのこと」  俺は深呼吸をして、後ろ向きな思考を無理やり吐き出す。少し戸惑い気味な美代をしっかりと見据えて、もう一度呼吸を整える。  怒られるかもしれないし、また悲しませてしまうかもしれない。  だけどこれは、俺なりに真剣に考えて出した答えだ。だから津上先生よりも先に、美代にちゃんと伝えておきたい。  「でさ、やっぱ俺……任せっきりってのは性に合わないって思って。だから改めて、津上先生に頼んでみようと思ってんだ。……俺にも、救助を手伝わせて欲しいって」  たどたどしいと自覚しながらも、懸命に言葉を紡いでいく。  美代の表情は、険しいままだ。開いていた両手をゆっくりと握り、真っ直ぐに俺を見つめてくる。肌で感じられるほど、空気がぴりぴりとし始めている。
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