Ep.2 共鳴―〈α〉の残光―

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 穏やかな風の音に混じって、美代が戸惑いの声を漏らすのが微かに聞こえた。  「助けを求められたり、辛そうな人を見たりするとさ……何か、俺まで怖くなってくるんだよ。痛いとか、苦しいとか、自分も同じ状況に置かれてるような気がして……どうしようもないくらい、耐えられなくなる。雛香ちゃんたちのときも……この前も、そうだった」  俺は顔を階下に向けて目を伏せる。悲痛な雛香ちゃんの顔や、電話越しの淳の叫びを、思い返しただけでも胸の奥がちくりと痛む。  「多分、自分と重ねてるんだと思う。八年前のあの日、一人ぼっちで泣いてた俺自身と。……急に異空間へ放り出される怖さとか、心細さとか、俺には痛いほど分かるから。……だから、ほっとけないんだ」  話しているうちに、自然と両手に力がこもる。  助け出されて、慣れ親しんだ自宅に戻ってからも、あの時の記憶は鮮明な夢となって、何度も俺を苦しめてきた。  起きているときも、ふとした瞬間に記憶が蘇って、周りが見えなくなるほどの恐怖に支配されかけたことも少なくない。八年という長い時間を経てある程度落ち着いた今でも、悪夢にうなされることがあるほどだ。  誰にも同じような思いをして欲しくない、という気持ちは今でも変わらない。  だけど、短い間に二度も異空災害を目の当たりにして、危ない目に遭いながらも人を助けてきて、それだけじゃないことに気付いてしまった。  俺は無意識のうちに、目の前で苦しんでいる人と、八年前の自分を重ねていたんだと思う。  だから、放っておけなかったんだろう。  目を背けるのは、あの日の自分を見捨てるようなものだから。  涙が涸れるほど泣き叫んで、絶望に囚われたまま死にゆく自分を、見殺しにするに等しい行為だから……。  「俺さ、ずっと助ける側の人になりたいって思ってたんだ。だから病院で、淳の母親から感謝されたとき……正直、凄く嬉しかった。初めて、自分が目指していた場所に立てたっていうか……俺なんかでも人の命を救えるんだって、そう思えたから」  俺は深呼吸をして、ゆっくりと窓に背を向ける。憂いを含んだ表情の美代を真っ直ぐに見つめながら、もう一度静かに息を整える。  「今はまだ、頼りないかもしれないけどさ。これから精一杯努力して、力をつけて……今以上にADRASを使いこなせるように、絶対なってみせるよ。だから……」  美代の表情が少し険しくなって、細く息を吸いながら口を開く。何を言いたいのかは分かっている。分かっているからこそ、美代をここに呼んだのだ。  「だからお前にも、力を貸して欲しい。……いや、違うな。お前じゃなきゃ、駄目なんだ」
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