Ep.2 共鳴―〈α〉の残光―

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 「え……?」  息を吸い、今にも何かを言おうとしていた美代の動きが止まる。瞼がぴくりと動いて目が見開かれ、開いていた口も細い声を漏らしながら閉じられていく。  「この前、淳を助ける時……俺、改めて思ったんだ。お前はADRASをきちんと使いこなしてるだけじゃなくて、判断力とかもしっかりしてて……。正直俺って、自分が思ってた以上に無力なんだなって痛感したよ。お前なら、全部一人でやってけるんじゃないかって……本当に、そう思ったんだ」  強風が吹き荒ぶ中、淳を助けるために一人で崖を登る美代をこの目で見た瞬間、俺の知る美代はもういないんだと悟った。  運動が苦手で、自己主張もあまり得意ではなくて、いつも俺の後ろをついて回っていた美代は、いつの間にか俺の遥か前を進んでいた。  そんな美代の姿が、ただただ眩しかった。  助けを求める人のために、危険を承知で異空災害に立ち向かう美代の姿が、八年前に俺を救ってくれたあの人のことを思い起こさせた。  あの日からずっとこうなりたいと願っていた姿に、美代のほうが近いと強く感じたのだ。  「……そんなこと、ない」  美代が俯き、ゆるゆると首を左右に振る。唇をきゅっと引き結んで、小さな右手を胸元に添える。  「あの時、丈瑠が飛び出さなかったら、彼は……あなたの友達は助からなかった。私が変な意地を張ったせいで、あなたの友達を死なせてしまうところだった。……あの後ね、私も思ったの。今まで散々偉そうなこと言ってたけど、私だって一人で何でもできるわけじゃないって。まだまだ半人前だって、強く感じたから」  胸元に添えた手をきゅっと握り締めて、美代は目を閉じ頭を垂れる。  「ごめんなさい、私――」  「美代」  弱々しく話す美代の言葉を遮って、俺は美代に大股で歩み寄った。お互いの服についた細かい埃も目に入るほど距離を詰めて、縮こまった肩に右手を添える。驚いて顔を上げた美代の、丸く見開かれた瞳が細かく揺れ動いている。  「俺、怒ってないから。今回のことも、八年前のことも。むしろ……ずっと謝りたかった」  そう言って、俺は目を伏せ頭を下げる。少しだけ伸びてきた前髪が、ちくちくと額を刺激する。  「……あの時は、本当にごめん。周りにどう思われていようと……あんなこと、言うべきじゃなかった」  美代の頭が小刻みに揺れる。左腕が少し締まるような感触がして目を向けると、美代が俯いて服の袖を掴んでいた。  「……バカ」  今にも泣き出しそうな、それでいて強い口調と遠慮のない言葉に、俺は思わず笑みを浮かべる。  「……そうだな。俺は馬鹿で、何も知らないくせに偉そうなことばっかり言って……。ほんと、どうしようもない奴だよ」  美代が袖を握る力を強めてくる。俺は美代の手にそっと右手を重ねて、包み込むようにそっと指を折り曲げた。  「だから、これから先……俺が無茶しないように、見張っててくれないか。もっと安全に、確実にみんなを助けられるように、お互いを支え合うってことで」  美代は小さな溜息を一つ吐き出し、袖からそっと手を離した。伏せていた顔が、ゆっくりと持ち上げられる。
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