Ep.2 共鳴―〈α〉の残光―

97/99
前へ
/234ページ
次へ
 「支え合う、か。……そうなるまでに、一体どのくらいかかるんだろうね?」  「え?」  「丈瑠なら知ってると思うけど、救助って体力があるだけじゃ務まらないんだよ? 道具の使い方とか、炎や煙の特性とか、頭を使う場面だってたくさんあるの。……丈瑠、勉強はあんまり得意じゃなかったよね?」  「そ、それは、その……」  俺は言葉に詰まってしまった。  確かに、美代の指摘も最もだ。これから先、頑張ってADRASの使い方などを身につけていくにしても、どのくらい勉強すればいいのかを俺は知らない。おまけに異空間に関しては、先生たちにも分からないことだらけだ。学ぶべきことは、実質無限に等しいだろう。  それらを全部、学校の勉強や部活とも両立していかなければならないのだ。  美代の言う通り、俺は勉強がそれほど得意ではない。成績も真ん中辺りとはいえ、どちらかと言えば下から数えたほうが早いくらいだ。  一体、どれほど勉強すればいいのだろう……考えただけでも、目眩がしそうだ。  「ほんと、相変わらずなんだから」  呆れたような美代の呟きに、俺は肩を竦める。  美代は俺と疎遠になっている間にも、俺が宿題やテストのたびにひいひい言っていたことをどこかで耳にしていたのかもしれない。  情けないことに、それは今でも全く変わっていない。中学生になってからは部活も加わって、より大変な思いをしているのも事実だ。  それに、美代との付き合いが極端に少なくなってからも、親同士ではよく連絡を取りあっているらしい。  どちらかといえば、美代の両親が俺たちのことを気にして連絡してくることがほとんどなのだけど……少なくとも、今の俺が家事も担っていることは、美代もどこかで両親から聞いているはずだ。  ……先のことを考えずに突っ走り過ぎたかもしれない、と俺は激しく後悔する。  自分から言い出した癖に、気が重い。  つい大きなため息をつきそうになった瞬間……。  どこからか……いや、目の前から、耳慣れない声が聞こえることに気がついた。  顔を上げた俺は、思わず息を呑んで動きを止める。  美代は、笑っていた。  長い睫毛に縁取られた目を細めて、艷やかな口の両端が綺麗な弓形を描いている。口元に添えてられた小さな手が、肩に合わせて小刻みに揺れている。  ……こんな表情を見るのは、随分と久しぶりだ。  温かくて楽しげな笑顔につられて、俺も自然と笑みが浮かぶ。  「……やっと、笑ってくれたな」  何気なく呟くと、美代は目を丸くして笑顔を引っ込めてしまった。そのまま数秒ほど固まってしまい、少しずつ顔が赤みを帯びていく。  夕日に照らされていても分かるほど赤くなったところで、美代はぷいと顔を背けてしまった。  「こ、これは……その……」  手をばたばたと忙しなく動かしながらも、美代は目を合わせようとはしない。  昔は普通に笑い合っていたんだから、恥ずかしがらなくてもいいと思うのだけど。  「と、とにかく! 半端な気持ちでやっていけるほど甘くはないし! 足手まといになったら、許さないからね!?」  こちらを振り返りながら、美代は早口でまくし立てる。  どうしてそんなに慌てふためくのかは分からないけど、一度やると決めた以上退くつもりはない。  俺は戸惑いつつも、美代をしっかりと見据えながら頭を縦に振る。  「じゃあさ、手が空いてるときでいいから、今度勉強教えてくれよ。お前、成績結構いいんだろ?」  断られても構わないくらい、軽い気持ちで言ってみたのだけど。美代は唇をきゅっと引き結んで、逃げるように俺から目を逸らしてしまう。  「……別に、いい、けど」  ぶつぶつと、まるで独り言のように美代は答える。その様子がどこか面白くて、俺はつい顔を綻ばせてしまう。  なんだか、今までに感じたことのないほど、清々しい気持ちだ。  この先に待ち受けているのは、決して楽な道のりではないだろう。  それでも、こうして再び美代と話せるようになったことが、今はとてつもなく嬉しくてたまらない。  あの頃と同じように仲良くできたらと……俺はずっと、願い続けてきたのだから。  満たされた心地で、俺は窓の外へと目を向ける。  澄んだ空気の塊が流れ込んで、カーテンをふわりとなびかせた。
/234ページ

最初のコメントを投稿しよう!

18人が本棚に入れています
本棚に追加