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開かれたドアの後ろから、二人の男子生徒が顔を覗かせた。そのうちの一人が、中の様子を伺う素振りも見せずに踏み込んでくる。
入ってきたのは、初めて見る男子生徒だった。
背は俺よりも少し低くて、やや青白くも見える白い肌をしている。髪は耳にかかるくらいの長さで、よく櫛を通したようにさらさらだ。見る角度によっては、女子に間違われてもおかしくない……かもしれない。
もう一人の男子は、蓮先輩だった。前に会った時と変わらない無表情で、黙ったまま準備室の中を覗き込んでいる。さっきの声は、たぶん蓮先輩のものだろう。
「……取り込み中だ。用があんなら後にしてくれ」
唸るような声の混じった息を吐きながら、津上先生は指を突き立て頭を掻く。割り込むように入ってきたことが多少なりと不快だったのか、少しばかり眉間に皺を寄せている。
「後輩と顔を合わせておけって、蓮がうるさいから」
そんな津上先生の言葉を軽く流して、背の低い男子は机の側に歩み寄った。はらりと垂れた前髪の奥から覗く瞳が動いて、静かに俺の目を捉える。
「君が一条?」
直接話しかけられた瞬間、俺は初めて男子の目をはっきりと見た。鋭い眼差しに身を固くしつつも、俺は小さく頷いて答える。
蓮先輩を呼び捨てにしているということは、三年生だろうか。
俺よりも低い身長と、やや幼さの残る顔立ちもあって、あまり年上には見えない。
なのに、俺を見つめる目は……同年代の子どもたちとは比較にならないほど冷たい色を帯びていた。
華奢な見た目に反して、目の奥に底が見えないほど暗いものを感じさせる。ただ見つめ合っているだけなのに、喉元へ刃物を突きつけられているような心地さえ感じてしまうほどに。
そして、何よりも俺の目を引いたのは……日の光に照らし出された、髪の色だった。
最初は気付かなかったけど、よく見ると所々色が抜け落ちたように薄くなっている。どこか現実離れした不思議な雰囲気は、髪色のせいでもあるのだろうか。
「僕は、灰沢」
鋭い目で俺を見つめながら、小柄な先輩が短く名乗る。偉そうというか、軽々しく触れるなとでも言わんばかりの、きつい感じの口調だ。
「よ、よろし――」
「馴れ合うつもりはない」
差し出した俺の手を拒絶するように、灰沢先輩はぴしゃりと冷たく言い放つ。呆気にとられた俺を前に、灰沢先輩は表情一つ変えずに再び口を開く。
「この際だから、はっきり言っておくよ。僕たちは、君たちと違う目的で動いてる。いつでも手を貸してもらえるとは、思わないほうがいい」
「違う目的……?」
「答える義理はないよ。君も手伝うのなら、教えてあげてもいいけどね」
手伝う以前に、そもそも先輩の言っていることがよく分からない。人を助ける以外に、異空間へ赴く理由なんてあるのだろうか。あんな場所、人の命がかかった状況でもなければ、行く気になんてならないと思うのだけど……。
「燿、そのへんにしとけ」
津上先生が、低い声で灰沢先輩を嗜める。
「今更、お前らのやり方に口を挟むつもりはねぇが……もう少し、他の奴らと仲良くしたらどうなんだ。現場で大事なのは連携だって、あの人も言ってたろ」
「そういうの嫌いだし、必要性も感じないし」
つい、と顔を背けた灰沢先輩に向けて、津上先生は深い溜息をつく。
「異空災害に関しては、あまりにも分からないことが多すぎる。素人の俺たちだけじゃ、やれることにも限界があるだろ。きっとこの先、今以上にプロの力が必要に――」
「異空間にも行けない奴らが、一体何の役に立つんだ?」
津上先生の言葉を、灰沢先輩が棘々しく遮った。俺の胸に、ちりちりと焼け付くような感覚がはしる。
「機械は使えないし、も通用しない。そもそも僕たちがいなきゃ、こっちに戻ってくることすら出来ないんだ。偉そうに口を挟むだけの連中なんて、足手まといにしかならないよ」
じりじりと、胸に湧き上がる感覚が強くなる。体の内側に、焦げつくような熱さを覚えるほどに。
とうとう俺は我慢できなくなって、灰沢先輩をぎろりと睨みつけた。ちらりと向けられた冷淡な眼差しが、より一層不快感を増幅させる。
家族や親しい人を悪く言われれば、誰だって嫌な気分になる。
ましてや、あの人たちの苦労や思いを、見下したような発言をされるのはとてつもなく不愉快だ。
「……丈瑠」
口を開きかけた俺に気付いたのか、津上先生が静かな声で俺を制した。
俺は渋々、吐き出しかけていた言葉を呑み下して、深い息を吐きながらぐっと拳を握り込む。
正直、腹立たしいことこの上ないけど……美代や先生の前で喧嘩になるくらいならと、俺はぼこぼこと湧き上がる感情を無理矢理腹の中へと抑え込む。
「……今はそうでも、いつか変わるかもしれないだろ」
ひどく怠そうな溜息をついて、津上先生が額を押さえた。
「幸い消防にも、話の通じる奴が少なからず出てきてる。あとは、“α”の居場所さえ分かれば――」
「無理なんじゃないかな」
今度は灰沢先輩が津上先生の言葉を遮った。睨むように目を細めて、瞳がより一層冷たい色を帯びる。
「だって“α”は……もう、この世にいないんだから」
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