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津上先生が必要なものを取ってくると言って準備室に入ったあと、美代と葵は新崎さんに簡単な自己紹介をした。それから会話が続いて盛り上がる……なんてことは一切なく、妙に静かで重苦しい空気に包まれる。
程なくして、津上先生が分厚いファイルを手にして準備室から姿を現した。教卓の近くにあったパイプ椅子の背もたれを掴んで引きずりながら、緩慢な歩みで机の前に近づいてくる。あちこちから黄色いスポンジが飛び出している椅子は、準備室のものと同様にぎしぎしと悲鳴を上げた。
「新崎、だったか。大体のことはそこのオッサンから聞いてるよな?」
「オッサンて……。あんた、俺と大して変わんねぇだろうが」
唇を尖らせる松ノ木さんを無視して、津上先生は黒いファイルを机の上に放り投げた。控えめに頷いた新崎さんに向かって、骨張った手に押されたファイルが移動する。
「先週の金曜と、日曜の件については?」
「大体のことは聞いています。でも、具体的にどう助けたのかは何も……」
「そうか。じゃあまずは、その二件について説明させてもらおうか。まあ、俺もこいつらから聞いただけなんだがな――」
津上先生はファイルをパラパラとめくりながら、雛香ちゃんと光井君が巻き込まれた時のことと、淳が入院する原因になった異空災害について説明を始めた。被災者の直前までの行動、俺たちが突入してから帰還するまでの流れ、救助に用いたものや手順などを、手元のファイルに収められた書類に目を落としながら詳細に説明していく。
この書類は先日、津上先生が俺と美代を質問責めにしながら作り上げたものだ。突入直後異空間がどんな状態だったか、そこからどのように変化していったのか。救助対象がどんな状況に置かれていて、どんな行動を取ったのか……。たくさんのことを訊かれて、その度に曖昧な記憶を必死に辿って、とにかく大変だったことをしっかりと覚えている。
今思えばあの作業は、こうして消防の人たちと情報を共有するためのものだったのかもしれない。自分の行動を冷静に振り返って、次に繫げるという意味も勿論あると思うけど……。
そんなことを考えながら、俺はファイルの中身に目を通す新崎さんたちを黙って見つめていた。津上先生の説明を補う形で、時折松ノ木さんも口を挟んでいる。話が終わりに近づくにつれて、新崎さんの表情が目に見えて曇っていく。
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