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津上先生の話は、思っていたよりも早く終わった。とても手短にまとめられていたのに、淳や雛香ちゃんたちを助けたときの自分を俯瞰して見ているかのような感覚を覚えたほどだ。実は隠れて俺たちを見ていたと言われても、ひょっとしたら信じてしまうかもしれない。
悔しいけど流石だな、と一人心の中で感心する。アクの強い見た目や性格に反して、津上先生の授業はとても判りやすいと評判なのだ。
「……信じられない」
ファイルに目を落とした新崎さんが静かに呟く。直接異空間を見たことがない新崎さんにとっては、きっと理解し難い内容だっただろう。少し前の俺もこんな感じだったのかもしれない、と俺はぼんやり考える。
「まあ、最初はそう思うだろうな。今までの知識や経験がひっくり返っちまうんだから無理もないとは思うが」
「違う」
顔を上げた新崎さんが唇を噛む。深い息を一つ吐いて、淀みのない瞳を俺たちへと向けてくる。その奥から強い気持ちのようなものが伝わってくるような気がして、俺は思わず身を固くする。
「それだけじゃない……。確かに、こんなことが身近なところで起きているなんて、信じられないという気持ちもあります。でも、皆から教えられて、不可解な現象を目の当たりにして……。受け入れるしかないんだなって、少しずつ思い始めていました。だけど……」
新崎さんが津上先生のほうを向いた。瞳の奥が揺らいで、声にこもる感情が少しずつ強まっていく。
「一般人、しかも子どもを送り出すなんて……俺には理解できない」
静かな声に怒りがこもる。真っ直ぐに津上先生を見据える目は微動だにしない。目を合わせていない俺も竦んでしまうほど、強い感情が伝わってくる。
それでも、津上先生は表情を変えない。瞼を僅かに震わせて、細く短い息が吐き出される。
「……そうだな。俺だって、出来ることなら大人だけで何とかしたいさ」
「だったら……!!」
前のめりになった新崎さんを、津上先生は素早く手で制した。ガタンと音を立てて、新崎さんの座っていた椅子がずれる。それでも新崎さんは怯むことなく、言葉を継ごうと口を開く。
「けどな、他に方法がねぇのは知ってるだろ? こう言うのも難だが、あんたらが束になってかかろうと何もできねぇのが異空災害ってもんだ。こいつらの手を借りずに済む方法があんなら、俺が知りたいくらいだよ」
対する津上先生も、落ち着き払った態度を崩さない。二人の間に漂う空気が、少しずつ刺々しさを帯び始めて、居心地の悪さに俺は身を縮こませる。
「……今は方法がなくても、いずれは大人たちだけで対処できるようになるべきです。そのためにも、今のうちから扱える人を探しておくとか――」
「それくらいとっくにやってる。あんたの職場はもちろん、深暮市内を隅から隅まで、時には市外にも足を運んでな。……一条、カードは持ってるよな? ちょっとそいつに渡してやれるか?」
「え? は、はい」
唐突に促され、俺は慌ててズボンのポケットに手を入れた。カードを引き出して机の上に置き、新崎さんの方へそっと差し出す。
訝しげにカードを見つめつつも、新崎さんはカードをつまみ上げる。カードが机を離れ、俺は添えていた指を静かに引っ込める。
「あれ……?」
カードが俺の手を離れた瞬間、中心で瞬いていた赤い光がすっとしぼむように消えてしまった。
俺はカードの側面にスイッチがあることを新崎さんに伝えて押してもらう。だけど中心の光は灯ることなく、まるで死んだかのように何の反応も示さない。
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