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ゴキブリというヤツをはじめて目にした。俺はびっくりしたが、ナオトは生まれてはじめてゴキブリを見た、と喜んでいた。
「なんだ、カブトムシに似てるじゃんか。飼っちゃおうか」の発言に、俺の頭のてっぺんからつま先まで、全身くまなく鳥肌が立った。
そして、ヤツ等は空を飛ぶのだということをはじめて知った。その晩、俺は離れている恋人の有沙に、「ゴキブリをおまえの念力で退治してくれ」と懇願し、あっさり「無理だ。我慢して」と電話口で断られた。
観光客が持ち込んで少数派ながらも北海道でもいるらしい、と耳にしたことはあったが、お目にかかったことはなかった。俺は、ナオトがひょい、とつまんで窓から飛ばしたゴキブリに怯えながら、「ああ、ついに俺はこんなとこまで来てしまった」と今更ながらそんなことを呟いた。
「何言ってんのさ、カズキ、俺たち、もう前に進むしかないんだよ」
ナオトのくせに、ナオトのくせにそんないっぱしなことを言いやがって。早く、ゴキブリを触ったその手を洗って来い! 素手で触れるなんて、ナオト、おまえは何者だったんだ?
ああ、有沙に会いたい。有沙も案外逞しく、ギャーギャー言いながらもゴキブリを退治しそうだ。
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