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満月の夜、それは突然わたしの目の前に現れた。
わたしはその日、翌日英検2級を受験するために自宅で最後のチェックをしていた。まだ春先だったが、昼間は久しぶりの陽気で温かく気持ちよかったので、めずらしく窓を開けていたところに、それがちょこんと座っていたのだ。それは生物であることは確かなのだけれど、猫でも犬でもない、なんとも比喩しようがない生き物だった。四つ足で立つ姿勢は犬猫に似ているが、毛がなく、露出した白い肌は、たとえばスフィンクスのような、生物にありそうな皮膚のようなテクスチャを感じない。月明かりを反射させる、つるつるした表面は爬虫類のような鱗や甲殻とも違う異質なもののよう。固くもなく、柔らかくもない。強いて言うならば、プラスチック素材のような見た目であった。そして、哺乳類としては異様なくらい大きな目を持ち、こちらを見つめている。しかしながら、その異様さはわたしに恐怖を与えるどころか、むしろ安心感を与えるというのか、ほんわかした印象だった。
「お月様を助けて」
その生き物は、言葉を話した。
「……え」
わたしは絶句した。人間以外の生き物に話しかけられるのは生涯初めてだった。テレビで一度だけ九官鳥が喋る場面に出くわしたことがあるけれど、あれは喋るというより、鳴き声がなんとなくそう聞こえただけ、としかわたしには感じられなかった。
ところがである。わたしの目の前に現れたその生き物は、きちんと言葉を話したのである。テレビのアナウンサーばりに正確な日本語で。オツキサマヲタスケテ。イントネーションも正確で、感情も籠もっていた。その瞳からは今にも涙が溢れてきそうな悲壮感さえ漂わせていた。
わたしはなんと返すべきかを悩んで悩んで、多分3分程度はそのまま硬直していたと思う。わたしとその生き物はその間、眼をそらすこともなくお互いを見つめ合っていた。わたしが何も答えずに黙っているのにしびれを切らしたのはその個体の方であった。
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